七歩

毎年春に世界中の仏教徒が、約2500年前インド北部に生きておられた釈迦牟尼仏陀の誕生を祝う法要を行います。日本の仏教では、4月8日が釈尊誕生の日とされ、その日に「花祭」という行事が行われ、これは釈尊誕生の際に、たくさんの花々が一斉に開花していた様子に基づいて行われています。サンマテオ仏教会では4月9日(日曜日)の9時半から「花祭」法要を行います。皆さま、是非ご一緒にお参りください。

夫人は種々の苦悩憂患なく、怒り、悲しみ、奢り、偽はりの心を生ずることなく、ひたすら、悪みと、諍いと、喧騒の巻を厭ひ空閑の林に遊ばんことを楽っていられた。(p. 18)

釈尊は生まれて直ぐに七歩歩まれ、その足跡には蓮の花が七つ咲いたと伝えられています。この七歩歩まれたというのは、生死の六道を乗り越える意志を表すと言われています。そして釈尊はそのとき、右手で天上を指し、次のように言いました。

『我れはこれ仏となるために生れたのである。この生涯は我が人間としての最後の生である。我れはもう他の存在を受くることなく、我れはすべての中に於て最も偉大なるものとなつて、、広く一世の生類を救済するであらう。』

仏所行讃 : 現代意訳, 池田卓然 訳著, p. 20

仏教の教えでは伝統的なインドの考え方を受けて、すべての生きているものは六道という六つの世界のいずれかに生まれ、そして死んではまた別の世界に生まれ変わることを繰り返すと言われています。この生死の六道を学ぶことによって、その時々で変化する私たちの日ごろの心を理解することができます。源信和尚(942~1017)は『往生要集』という論書の中で六道について次のように述べています。

地獄

衆生は次の八つの地獄に生まれることがある:1)等活地獄(何回も同じ苦しみが続く)、2)黒縄地獄、3)衆合地獄(鉄山が両方からせまって砕ける)、4)叫喚地獄、5)大叫喚地獄、6)、焦熱地獄、7)大焦熱地獄、8)無間地獄(絶え間なく苦しみを受け続ける)。仏教の地獄は神罰によって、永遠に苦しむところではなく、地獄に生まれるということは本人が恨んだり、傷つけたりする生き方に対して生じる報いのことです。他の五道と同じように、地獄に生まれてもそれは永遠に続くのではなく、いずれ死があり、次の転生があります。

餓鬼道

餓鬼は飽くことのない欲望(特に食欲と渇き)をもっていますが、食べ物や飲み物が唇に触れる瞬間に、それらが火となり口を火傷してしまうために常に飢えに苦しんでいます。餓鬼の様子は腹が丸く膨れていて、とても狭い首をしている姿で描かれていることが多く、人間と天の世界にも現れわれことがあります。餓鬼に生まれることは欲張りの報いであります。例えば、何か良いものをもらったにも関わらず、もっと良いものが欲しかったとそれに満足せず有難く思わないのは餓鬼の苦しみと言えるでしょう。

畜生道

畜生というのは動物のことを示し、畜生道に生まれたものは恥を知らず、自分の愚かな生き方を気にしません。また、常に罰を恐れながら、ご褒美ばかりを求めるのは畜生の生き方です。野生の畜生は殺し、殺される生涯で、人に飼われている畜生は一生涯きつい労働に使われます。畜生に生まれることは無明(煩悩にとらわれた迷い、愚かさと無知)に対する報いなのです。

阿修羅道

阿修羅は常に自分よりいいものをもっている相手(特に天)をうらやましがって、競争します。阿修羅の世界は勝つものと負けるものにはっきり分かれており、敵に囲まれることや戦いによる傷害が苦しみとなります。阿修羅は仏のみ教えを聞くことができるものの、相手に勝つことに一生懸命になるあまり、布施と慈悲のこころを忘れることが多いのです。

人道

源信和尚は人間の根本的な様子として次の三つを述べています:1)不浄:人間の体のすべての部分は病気に罹かったり、衰退していきます、2)苦:人生の中で皆必ず苦しみに遭遇します、3)無常:人間は皆いずれ死に逝きます。しかし、六道の中で、人間として生まれることは仏法を聞き悟りを得るための最も優れた機会なのです。礼讃文に「人身受けがたし、今すでに受く。仏法聞きがたし、今すでに聞く。この身今生にむかって度せんば、さらにいずれの生にむかってかこの身を度せん。」とあるように、人間としての生まれは貴重なものなので、他の人の命を救うように努めたり、他の人から自分の人生に必要なものをいただいたり、学び取れるように努力しなければなりません。

天道

天は力を持っており、楽しさ、欲望が満たされた生き方をします。但し、天も他の五道と同じように、いずれ死の別れの苦しみがあります。天道はあくまでも楽しむことが中心であるため、自分の死が近づくと、仲間からはずされ、楽しい宮から追い出され、孤独に死んでいきます。また、天が死ぬと、次に六道のどこに生まれるのか分からず、最も悪いところの無間地獄に生まれる可能性もあります。

人間としての生まれることは無常であり、いつ終わる のかは知ることができません。この人間としての生まれが終われば、他の五道に転生することが可能です。実際のところ、私たちは今までに数え切れないほど生まれ変わり、死に変わりを繰り返し、幾度となくすべての 六道を通ってきているのです。仏教における目標は常に人道にいるのではなく、すべての衆生(生きとし生けるもの)と共に生死から開放されること意味します。仏になることは生死から解放される道を悟り、すべての迷えるものを悟りに導くということなのです。『歎異抄』第五章にて親鸞聖人は六道のすべての衆生の救いについて次のように述べています:「命のあるものはすべてみな、これまで何度となく生まれ変わり死に変わりしてきた中で、父母であり兄弟・姉妹であったのです。この世の命を終え、浄土に往生してただ ちに仏となり、どの人をもみな救わなければならないのです。」(『浄土真宗聖典 歎異抄 現代語訳』

南無阿弥陀仏


1942年の春季彼岸会

先月、米国大統領令9066号の75周年記念を迎えました。真珠湾攻撃の後にフランクリン・デラーノ・ルーズベルト大統領が大統領令9066号にサインしたことによって、西海岸各地に住んでいた日系人全員は強制的に収容所に移動させられました。その歴史は北米でお念仏の伝道に大きい影響を与えましたが、当時カリフォルニアの中央海岸のランポークで活躍されていた開教使田名大正師が書かれた『サンタフェー・ローズバーグ戦時敵国人抑留所日記』はその時の経験についての貴重な資料となっています。戦後、田名先生は1952年から1955年まで私たちのサンマテオ仏教会に赴任されていました。

1942年2月24日午後3時、連邦捜査局(FBI)の捜査官と市警官3名が田名先生の見許調査と家宅捜査を行いました。田名先生が「収容するのか。」とすぐさま問うと、「然り。」と返答されたそうです。「地下室から天井裏から仏間の奥まで探した。鉄砲はないか、ラジオはないかと、敵国人所持禁制品を極力探し求めていたが何もないので午後5時引上げて行った。」田名先生は3月13日に収容され、3月14日にキリスト教の牧師、他の開教使を含めて12人と一緒にトラックに乗せられ、ロサンゼルスの方へ向かって出発しました。

最初はロサンゼルスの西側にあるサンタモニカ山脈の中のタハンガ(Tuna Canyon)という市民保全部隊(Civilian Conservation Corps)のキャンプに収容されました。田名先生のその頃の日記を読むと、いつ、どこに移動させられるか分からない将来についての不安な気持ちがよく伝わってきます。その迷いの中でも、田名先生にとって仏法が安心のよりどころであったことを述べられています。

サンマテオ仏教会では2017年3月12日午前9時半から春季彼岸会が行われますが、1942年3月タハンガのキャンプでは下記のように春季彼岸会が営まれました。

収容所の彼岸法要 一九四二 三 二二

今日は日曜日である。午前九時から、基督教の野外礼拝が行われた。何処に居ようと、必ず日曜礼拝を欠かさないのには感心する。

多人数の中では、殊更に売らんかなの催しを好まないが、今日は彼岸だから、夜、彼岸会法要を各宗合同で営む事にした。

Cブロックに阿彌陀仏の御絵像を安置して、一同が十二礼を読誦したのであるが、満堂の仏教徒は、思わざるところで今年の彼岸を迎えた感激に満ちていた。

思わざるところでの彼岸会に法話を言いつけられた私は、「我らの彼岸」と題して、囚れの身に期待し得る理想に就いて所感を語った。話の最中に拍手のあるのに、仏前礼拝にそぐわない気持を起こしながら、三十分程の法話をしたが、話が終わっても拍手があったので、単なるひやかしではなく、同じような心境ある人々の共鳴であったのかも知れない。

サンタバーバラの泉牧師が、よいお話であったと言って下さったので安心した。中根牧師も、声がよく徹って、気持よくきかされたと喜んで下さった。自分と異なった主義者の話に対し、思い通りに感じを言って挨拶するのはよい事だ。

(『サンタフェー・ローズバーグ戦時敵国人抑留所日記』117~118)

タハンガのキャンプで営まれた春季彼岸会では十二礼をお勤めされましたが、今のサンマテオ仏教会でも十二礼をよくお勤めします。田名先生が仏様の智慧と慈悲にいただかれた力は、十二礼にある次の言葉がよく表しています。

所有無常無我等  亦如水月電影露
為衆説法無名字  故我頂礼弥陀尊

諸有は無常・無我等なり。 また水月・電の影・露のごとし。
衆のために法を説くに名字なし。 ゆゑにわれ、 弥陀尊を頂礼したてまつる。

(http://www.yamadera.info/seiten/d/junirai.htm)

安定していた生活が急に変更するのは無常ということです。自分が頼っていたものごとは永遠に変わらないという実体がないことに気づいたとき「無我」の道理に出会います。そういう現実が不安な思いを与えるときにこそ、仏様の光が私たちの人生を照らし、言葉を乗り越える真理によって心が安穏になります。田名先生が思わぬ現実の中でもお念仏に生かされている姿は、阿弥陀如来に帰依する人生の力を私たちに示してくださっているのです。

南無阿弥陀仏


釈迦さまのお別れの言葉

2月に釈迦牟尼仏が2,500年前、北インドのクシナガラに入滅したことを記念する「涅槃会」をお勤めします。釈迦さまは35歳の時に、菩提樹の下で禅定に入られ、悟りを開かれました。その時、全ての煩悩が滅した「涅槃」を得られました。しかし、それから45年間、人間としての生涯が続いたので、時々病気になったり、身体が痛くなったりすることがありました。生まれるものは必ず死に至るということは真実ですから、釈迦さまの人間としての身体もそうでした。釈迦さまがこの世の中の命を終えられた時、「般涅槃(はつねはん)」という寂滅に入られました。サンマテオ仏教会では、今年は2017年2月12日の午前9時半から釈迦さまを偲ぶための「涅槃会」法要が行われます。

釈迦さまは入滅される前、後に仏道を歩む人々のためにお別れの言葉を残していかれました。釈迦さまの教えが世界中に広まるにつれ、その言葉は尊い灯火となっています。13世紀の日本に、親鸞聖人は私たちに次のように釈迦さまの別れの言葉を伝えてくださっています。

釈尊がまさにこの世から去ろうとなさるとき、比丘たちに仰せになった。「今日からは、教えを依りどころにし、説く人に依ってはならない。教えの内容を依りどころとし、言葉に依ってはならない。真実の智慧を依りどころとし、人間の分別に依ってはならない。仏のおこころが完全に説き示された経典を依りどころとし、仏のおこころが十分に説き示されていない経典に依ってはならない。」

(浄土真宗聖典 顕浄土真実教行証文類 現代語訳 530〜531頁)

この四つの依りどころは人生を正しい道へと照らしてくれます。

教えを依りどころにし、説く人に依ってはならない。 釈迦さまの教えは菩提樹の下に座りながら開いた悟りの内容です。私たちは先生、父母、友達、親戚など様々な人間関係でその教えに出会いますが、自分自身がその教えを聞いて、信じないと利益を得ることはありません。

教えの内容を依りどころとし、言葉に依ってはならない。釈迦さまは次のようにこれを詳しく説明されています。「言葉は教えの内容を表しているものであって、教えの内容が言葉そのものなのではない。言葉に依って教えの内容に依らないのは、人が月を指して教えようとするときに、指ばかりを見て月を見ないようなものである。その人は、〈わたしは月を指さして、あなたに月を知ってもらおうとしたのに、あなたはどうして指を見て月を見ないのか〉というだろう。これと同じである。言葉は教えの内容であるわけではない。このようなわけで、言葉に依ってはならないのである。」経典に現れる釈迦さまの言葉は、仏道を歩むための導きであるので大切に頂戴するべきですが、真実そのものは不可思議・不可説と言われるように言葉を超えるものです。ですから、教えの内容をよく聞いて、信じることが大切です。

真実の智慧を依りどころとし、人間の分別に依ってはならない。人間の分別するこころは常にものを善し悪しとして判断し、自分の都合のいい物事ばかりを求めます。しかし、自分の都合のいい物事を優先することによって、周りに迷惑をかけたり、自分の苦しみを招いたりします。智慧の光が照らす真実は、自分に邪念があるときにこそ、一所懸命働きかけてくれます。仏道を歩む人生は、常に我が身をかえりみて、仏様の智慧の光をあおぐことなのです。

仏のおこころが完全に説き示された経典を依りどころとし、仏のおこころが十分に説き示されていない経典にってはならない。 経典というのは釈迦さまの説法の記録です。釈迦さまの説法の中で八万四千の法門という数多くの教えが説かれています。その全部の経典を読んで、その中に説かれている教えを完全に理解することはとても難しいことですので、仏道を歩む私たちにとって、それぞれ必要とする救いが説かれている経典に出会い、その教えを信じることが大切です。サンマテオ仏教会では、阿弥陀如来とお念仏が説かれている浄土三部経を、私たちが極楽で涅槃を得るための依りどころとしています。

 

南無阿弥陀仏


おじいちゃんの智慧

12月13日にサンマテオ仏教会のご門徒さん数人と一緒に俳優のジョージ・タケイ氏が公演したミュージカル『忠誠/ALLEGIANCE』の特別上映を見に行きました。サンフランシスコ国際空港の近くにあるタンフォランショッピングセンターにある映画館で見ましたが、その映画が建てられている土地は以前にタンフォラン競馬場であって、真珠湾攻撃の後にサンマテオを含めてサンフランシスコ周辺に住んでいた日系人はその競馬場に集合するように命令され、そこから東に何百マイルも離れている強制収容所の準備が完了するまではしばらくそこの馬屋にて生活させられていました。フランクリン・デラーノ・ルーズベルト大統領が大統領令9066号をサインしたことによって、その時、西海岸各地在住の日系人120、000人が、住んでいた家やコミュニティーを離れて強制的に収容所に移動させられました。

『忠誠/ALLEGIANCE』はジョージ・タケイ氏が子供の時にロスアンゼルスの近くにあるサンタアニタ競馬場にあった集合センターから、アルカンソー州にあったローワー移住センターに収容された経験に基づいた映画で、主人公はサリナスで農業をしていたキムラという家族です。ワイオミング州のハードマウンテンにあった収容所に移動する前、キムラ家は殆どの財産を処分しないといけなかったので、農場を本当の価値の一部で売るしかなかったです。アメリカで生まれた二世のケイコとその弟のサム、そして日本生まれの一世のお父さんタツオの家族関係がその物語の中心となっています。キムラ家の中で、異なる世代間の価値観の違いも同世代間の人の考え方の違いも見られます。対立の主な原因は収容所にて行われた忠誠心調査で、質問27:「貴方は命令を受けたら、如何なる地域であれ合衆国軍隊の戦闘任務に服しますか?」と「質問28:貴方は合衆国に忠誠を誓い、国内外における如何なる攻撃に対しても合衆国を忠実に守り、且つ日本国天皇、外国政府・団体への忠節・従順を誓って否定しますか?」が一番争いを招くもとになりました。

物語が始まる前に上映されたメッセージに、ジョージ・タケイ氏が日系人強制収容を取り巻いていた人種差別や偏見が現在のアメリカ社会によく現れています。タケイ氏がその当時の日系人強制収容の暗い歴史を明らかにすることによって、同じことが再び行われない念願を示しました。最近ベイエリアで起こった憎悪犯罪、提案されているイスラム教徒の全国登録制度や家族を離散しうる移民政策を心配するご門徒さんの何人かは私を訪ねてきて、「この状態を改善するために私が仏教徒としてできることは何でしょうか?」と聞かれました。

アメリカ社会の現状は私も心配しており、『忠誠/ALLEGIANCE』を見ながら、私がその歴史を経験なさっている方々との出会いを考えさせられました。ジョージ・タケイ氏が役したケイコとサムのおじいちゃんは収容場の厳しい生活や忠誠心調査が招いた対立の中でも冷静とユーモアを保ち、智慧の言葉を説かれます。そのおじいちゃんの人柄やあり方こそ、タケイ氏が一世の方々への尊敬と感謝を込めている部分であると私には強く感じられました。おじいちゃんは怒りや恨みを表に表しませんが、行動力がありました。ケイコもサムもおじいちゃんに相談することによって、自分の不正に立ち向かう道を明らかにすることができました。

『忠誠/ALLEGIANCE』に描かれている時代を生き抜かれた方々との出会いは、私のお念仏の生活の大きな導きとなっています。サンマテオ仏教会で過ごす日々の中で、その方々が生きた仏様の智慧の光で輝く人生を学ぶことができ、感謝の気持ちがわいてきます。サンマテオ仏教会の長老の方々は私の尊敬する善知識です。その方々の人生を尋ねますと、どんな大変な時でも阿弥陀如来の信心があれば、日頃の何気ない会話や庭仕事のような単純なことによって、ある人の人生の決断やその先の世界を大きく変えることもありうるのです。戦時の暗い時代に、仏様の光が輝く人生を送られていた方々に感謝の合掌をします。その方々のお陰でお念仏がいまもサンマテオに響いています。『仏説無量寿経』に説かれているように

たとえ世界中が火の海になったとしても、ひるまずすすみ、教えを聞くがよい。

そうすれば必ず仏のさとりを完成して、ひろく迷いの人々を救うであろう。

(浄土三部経 現代語訳 83頁)

 

南無阿弥陀仏


菩提樹の光明

ここ北半球では12月になると日の差す時間が徐々に短くなり、夜の暗みで暮らす時間が長くなります。冬の暗みの間、世界のさまざまな宗教には智慧の光を喜び祝う行事や祭日があります。ユダヤ教のハナカーは九本の蝋燭を家に飾り、ヒンドゥー教のディーワーリーは花火をつけ、そして年末のクリスマスのライトアップは私達が暮らす多文化・多宗教で豊かな社会の、この季節の楽しみと言えるでしょう。日本の仏教徒は12月8日に釈迦様が2,500年ほど昔に菩提樹の下で悟りを開かれた日を祝う成道会を行います。

現在アメリカの多文化的・多宗教的な社会では12月に布施、友好、助け合いの共通の価値観を強調するホリデースピリットがあります。今まで私が北米開教区の開教使をしてきた中で、何度かご門徒さんとの会話の中でちょっと恥ずかしそうにその方のご家族が12月に、色とりどりなライトが付いているもみの樹を家に飾り、その樹の下に家族や友人に渡すプレゼントを置いているという話しが出たことがあります。そしてたまにご門徒の皆さんから仏教の開教使である私に、門徒がこういう風に家に樹クリスマスツリーを飾ることに対して違和感がありますかと聞かれることがあります。

しかし、年末年始に常緑樹を飾ることは多くの国の文化にありますので、決してこれはひとつだけの宗教の伝統であるとはいえないでしょう。たとえば日本ではお正月に一年中緑を保つ松の枝を飾って、「松竹梅」で新年を迎える習慣があります。

シダッタは樹の下に座り悟りを開きました。その樹は菩提樹といい、仏教の大切なシンボルとなっています。「菩提」はインド古代の言語であるサンスクリット語で「目覚め」を意味します。シダッタは菩提樹の下に座る前の六年間、苦行に励み、食べるものを減らしたり、激しい雨や強い日差しの下でもずっと外で暮らしていました。それら苦行を続けた後、ある日シダッタの身体に限界がきてついに倒れてしまいました。ちょうどそのとき、スジャータという少女が通りかかり、倒れていたシダッタを見つけました。スジャータは可哀想に思い、乳がゆを差し出しました。その乳がゆを食べたシダッタは修行をするための体力を取り戻し、苦と楽の二つの極端な生き方を求めるのではなく、悟りへの道は中道にあるということに気づきました。

体力を取り戻したシダッタは、雨や日差しから身体をかくまってくれる菩提樹の下で柔らかい草の座布団の上に座り、すべての迷いを乗り越え、悟りを開くまでその場所を離れないと決心しました。そして一晩中座禅を続け、夜明けの明星を見たとき、シダッタはついに悟りを開くこと(成仏すること)が出来ました。この菩提樹が雨や日差しから守ってくれたことは、苦行の道から中道を歩む道を選んだシダッタ(釈迦様)の決心をあらわしているのです。

釈迦様の成道を祝う十二月に、近所の家々や街の中できらきら光っている樹々を見るのは楽しいものです。その樹々を見ていると、釈迦様が苦と楽の二つの両極端な道を歩むのではなく、目覚めへの中道を歩むように教えて下さっていることを思い出します。暗みに光が照らすこの季節、仏様の光明が菩提樹から2,500年の長い月日とアメリカとインドの遠い空間を越えて、私が今、ここで歩んでいる道を照らしてくれているような気がします。親鸞聖人は「正信念仏偈」に次のように仏様の智慧の光を讃嘆されています。

 

本願を成就された仏は、無量光・無碍光・無対光・炎王光・

清浄光・歓喜光・智慧光・不断光・難思光・無称光・

超日月光とたたえられる光明を放って、広くすべての国々を照らし、すべての衆生はその光明に照らされる。

(『浄土真宗聖典 顕浄土真実教行証門類 現代語版』143~144頁)

 

南無阿弥陀仏


申年

2016年、申年を迎え、この一年私たちが進むべき人生の方向性を考えましたところ、今回は仏教のジャータカ物語りの一つを紹介したいと思います。釈迦様は大きなイチジクの木に住んでいた猿の群れについて語ったと言われています。そのイチジクの木にはとても美味しい実がたくさんなっていて、猿たちは食べることに心配することなく幸せに暮らしていました。その群れは知恵の優れた猿の王様に治められており、王様は川の上に伸びる枝の実を毎日一個も残さず全部片付けるように命じていました。

猿たちはいつもその実の片付けを頑張りましたが、ある日葉っぱが茂っていたところにあった一つの実に気がつかず、取り残してしまいました。その実は熟れて、川に落ち、近くの人間を治めていた王様のところにまで流れていってしまいました。王様はその美味しいイチジクの実を食べると、直ぐに家来を集め、その実がなっている木を探しに出かけました。ようやくイチジクの木を見つけると、王様は猿の群れが自分が欲しかった美味しいイチジクの実をパクパクと食べている姿を見てとても怒り、家来に猿の群れをやっつけるように命令しました。たくさんの矢と石が飛んできて、猿の群れは大騒ぎしました。

猿の王様は、群れを救うため、木の隣にそびえ立つ山に飛び出し、速やかに高い竹を探して、竹を足で掴み、またイチジクの木に飛び戻ろうとしました。竹の長さが少し足りなかったので、猿の王様は手でイチジクの木の枝を掴み、足で竹を掴んだまま、自分の体をイチジクの木と竹をつなぐ橋のようにして他の猿たちが逃げられる道を作りました。

群れの猿たちは急いで山に逃げ、王様の体は何匹もの猿に踏まれてしまいました。すべての猿が山に逃げると、王様は疲れと怪我のため、自分で逃げる力もなく、そのままイチジクの木と竹の間にいました。

人間の王様は猿の王様の勇気と慈悲に感動し、家来に木の下に毛布を張り、木と竹を矢で打ち折り、猿の王様を受けとめるよう命令しました。猿の王様が木から下ろされると、人間の王様がそばに来て、感心の言葉を述べ、猿の群れが猿の王様を守るべきであるのに、猿の王様が命がけで群れを救おうとした理由を尋ねました。

猿の王様は次のように答えました:「私の身体は痛んでいますが、長年お世話になっている群れたちの恐怖を和らげたので、心が幸せになりました。」そして、次のように人間の王様に幸せになれる道を教えました:「荷役用の動物、軍隊、農民、街の人、大臣、貧しい人、僧侶、神主などに対して、王様は父親のように皆を守り、幸せになれるように頑張らないといけません。このようにして自分の名利を高めることによって、この世と後世の幸せが決まるのです。」

この物語の中で、自分の身体を犠牲にして群れを守ろうとした猿の王様の勇気にもとても感心しましたが、それよりももっと私が感心しましたのは、欲のために猿の群れへの攻撃を命じ、自分にひどい怪我をさせた人間の王様への態度がとても素晴らしかったと思います。怒りや仕返しの心を表すのではなく、慈悲をもって、親切に人間の王様が幸せになれる道を説いてあげています。その道とは、王様自身の利益よりも国の人々を大事にすることが説いてあります。この猿の王様は、釈迦様が仏になる前の菩薩の生まれかわりだと言われています。

この話を自分自身の事として考えてみますと、自分が欲しいことだけを求めて、周りはどうでもよく思ってしまう点で、欲張りな人間の王様に似ているところがあると思います。猿の王様が、欲張りな人間の王様に親切に幸せになれる道を説かれたように、欲張る私のために仏様がお念仏のみ教えを説いてくださっているおかげで、また新しい一年を迎え、私の極楽への道が仏様の智慧の光に照らされていることに気づかされるのです。

 

南無阿弥陀仏

 


牛の忍耐

3月21日(日曜日)午前9時半から春のお彼岸法要をお勤めします。春と秋のお彼岸の日は、昼と夜の長さがちょうど同じとなり、太陽が真っ直ぐ西の方に沈みます。浄土三部経には、阿弥陀如来のお浄土は西方にあるさとりの世界であると述べてありますので、お彼岸は自分の人生の歩んでいる方向を確認する良い機会といえるでしょう。

仏様の智慧の光に照らされている人生を歩むということを味わうために、お彼岸によく六波羅蜜という教えを勉強します。六波羅蜜というのは、この迷いの世界(此岸)から仏さまの悟りの世界(彼岸)に渡る人たちが遂行する次の六つの行いのことを意味します:布施(ふせ)、 持戒(じかい)、忍辱(にんにく)、精進(しょうじん)、禪定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)。

釈迦牟尼仏の前世の物語はジャータカといい、六波羅蜜について分かりやすく述べているものが多く存在します。その中の一つの物語に、ある森に住んでいたいたずら好きの猿と力の強い牛のことが述べられています。その猿は、毎日牛の背中に乗ったり、牛を馬鹿にしたりするなど様々ないたずらをしていました。しかし、猿がどんなにひどいいたずらをしても牛は一度も仕返しをしませんでした。ある日、森の妖精がたまたまその近くを通りかかり、猿が牛にいたずらをする姿を見て驚いて牛に問いました。「牛さんはこの猿より圧倒的に大きくて強いのに、なぜ猿を懲らしめないのですか?」

牛の答えはこうでした。「この猿は忍耐を養う機会を与えてくれるから、私にとってありがたい存在なのです。自分より強い者にいじめられたら、仕返し出来ず我慢するしかないので、それは本当の忍耐(忍辱)ではありません。でも、自分より弱い者にいじめられたら、仕返しを控えて、真の忍耐を養う貴重な機会なのです。」この物語に出る牛は後世、釈迦牟尼仏になったといわれています。

この世の中で最も力がある人や国が、この牛のような忍耐を持っていたら、世界はどのように変わるでしょうか。私自身、この牛のような忍耐的な生き方を目指していきたいと思いながら、実際に私の日々の行いを振り返りますと、猿のように自分の楽しみばかりを求めて、周りの方々の忍耐があるお陰で生かされていることをほとんど意識していないことに気づきます。親鸞上人は、『正像末和讃』に次のように述べられています。

小慈小悲もなき身にて
有情利益はおもふまじ
如来の願船いまさずは
苦海をいかでかわたるべき
(浄土真宗聖典 註釈版 617頁)

親鸞聖人は自分の力によって菩薩の忍辱と慈悲を行おうとする自力の心を捨て、他力念仏に帰依されました。阿弥陀如来の本願のお力によりお浄土に往生すると信じて申す他力念仏によって、お浄土に往生される時、私たちは速やかに六波羅蜜を全て完成させることが出来るといわれています。

先月、龍谷大学名誉教授の内藤知康先生をサンマテオ仏教会にお迎えしていた際、先生に日曜礼拝後のアダルト・ディスカッションに参加していただきました。その際、一人の参加者から「六波羅蜜を行うように頑張ることは自力なのですか?他力念仏をいただく者は頑張らない方がいいのですか?」という質問がありました。内藤先生は「頑張ることは問題ではありません。ただ、自分の努力は如来の目から見るとほんの小さなものにしかすぎないということに気づくことが大切です。また、往生浄土のために私の努力が必要だと思ってしまうと、本願の力を疑うことになってしまいます。」と答えられました。他力念仏の中に生かされるということは、自己満足の心を捨て、仏様の智慧と慈悲に照らされた人生を歩むことを意味するのです。

 

南無阿弥陀仏