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  • 心のよりどころ
    1月24日に日本語法要をインターネットと電話でライブ中継をしました
  • 松竹梅
    まさに異例であった2020年がようやく終わりを迎え、2021年を新たに迎えるにあたって、家に門松やしめ飾りなどの正月飾りをされているご門徒さんもおられると思います。正月飾りに使われる松、竹、梅は、日本ではお祝いの場面でよく登場します。この松竹梅ですが、我が家にあった『「和」の行事えほん』(高野紀子 作)によると次の説明がありました。 「松竹梅(しょうちくばい)は「歳寒三友(としかんさんゆう)」ともいわれ、「冬の寒さにたえるたくましい三本の木」という意味があります。 松は、冬も青々としていることから、竹は、雪の重さにも折れないしなやかさから、梅は、早くさいて春のおとずれを知らせる、ということから、めでたい木の代表となりました。(41頁)
  • 暗闇にも智慧の光明あり
    最近めっきり日が短くなり、ベイエリアにも曇った日が増えきて、いよいよ冬の暗闇がやってきたなと感じています。世界中の人々は、特にこの暗闇の時間が長くなる冬の季節に、聖なる教えに説かれてある智慧に目を向ける傾向にあるように思います。日本仏教の各宗派において12月は釈迦牟尼仏が菩提樹の下で悟りを開いたことをお祝いする月であり、日々私たちが人生のよりどころとしているお釈迦さまの智慧の光の有り難さをあらためて認識することができます。 新型コロナウイルスが世界中に急増している今年の冬は、空だけが暗くなっているのではなく、私の心も暗くなってしまう時があります。年末年始が近づいてくると、家族や友達を家に招いて一緒に楽しい時間を過ごしたいという欲が心に浮かんできます。ここ数年はお正月に友達家族数軒を呼んで、ダイニングテーブルの周りにぎゅうぎゅうに座ってわいわい笑ったりしゃべったりするのが恒例になっていました。この時は家中に賑やかな話し声と子供達の楽しそうな遊び声が響きます。子供たちは食べることよりも遊びに夢中ですが、たまにテーブルのところには来て好きな食べ物をつまむ姿は可愛いものがあります。 今年の春、コロナウイルスの影響で生活が一転してしまった時、私は、きっと年末までには普通の生活に戻るだろうと事態を甘くみていました。いくつかの国では感染がだいぶ落ち着いてきているようですが、感染が激増しているアメリカの現状を見ると腹が立って事態を誰かのせいにしたくなる時があります。 私自身や家族がウイルスにかかることが怖くて、買い物の際、お店を出る時はしっかり手を消毒しますが、お店に入る前にも同じように気をつけているでしょうか。私は人からバイ菌をもらう危険はよく意識していますが、自分もバイ菌を振りまいている可能性があることを意識していない時があります。これこそ無知(無明)と言えます。 欲・怒り・無知、この三つは仏様の教えにおいて、三垢もしくは三毒の煩悩と言われています。そして仏様の教えにおいて、この三垢は苦しみの原因とされています。欲・怒り・無知の深みに沈めば沈むほど、自分が住んでいる世界が暗くなります。 お釈迦様の言葉が書き示されている『仏説無量寿経』に、すべての人々は阿弥陀如来の名号(南無阿弥陀仏)を聞くことにより仏様の智慧に出会うことが出来ると説かれてあります。そして、この南無阿弥陀仏とは「はかり知れない智慧と慈悲の光を与えてくださる阿弥陀如来を拠り所にする」という意味で、『仏説無量寿経』には「この光明に照らされるものは、 煩悩が消え去って身も心も和らぎ、 喜びに満ちあふれて善い心が生れる。」と説かれてあります。(『浄土真宗聖典 浄土三部経 現代語訳』50〜51頁) […]
  • コロナウイルス大流行の中にも感謝
    この記事を書いている今、アダムス小学校は秋休み中です。8月半ばから新学期が始まったものの、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、引き続き自宅でリモート学習が行われています。子供たちは平日、テレビ電話で授業を受け、パソコン上で課題をしたり、手書きした課題を写真に撮ってクラスルームウェブサイトに提出したりする日々の繰り返しでしたが、今週はしばし勉強から開放されて、のびのび庭で侍ごっこをしたり、州立公園でハイキングや川遊びを楽しんだり、ビーチに行ったりしてとてもリフレッシュできました。 おかげさまで家族全員は健康ですし、幸い私たちが住んでいるエリアは最近アメリカで頻繁に発生しているハリケーンや山火事を心配しないでいいのでありがたい事だと分かっていながらも、新型コロナウイルス感染拡大防止ための方針に真面目に従いながら、日常生活を送るのにだんだん疲れてきているのも正直なことろです。今年は、毎年子供たちが楽しみにしているトリック・オア・トリートがないハロウィーンや、家族や友達らと楽しく集うことが出来ないサンクスギビングやお正月を考えますと、気分が沈んで、感謝の気持ちがなかなか起きてこない時もあります。 このように今年は皆の安全のために色々な楽しい行事が中止になったり、皆さんが好きな色々なアクティビティができなくなってはいますが、それでも今まで通りに郵便物やパッケージは無事に届き、ゴミも時間通りに回収され、子供の教育も継続され、私たちの食卓に並ぶ農作物が収穫され、スーパーマーケットも毎日営業されています。これら社会の基本的な動きが続けられているのも多くの方々がこの大変な事情の中でも頑張って働いてくださっているからです。そして、それら私たちのために働いてくれている方々の中には仕事の危険さの割合に対して安い給料で働いている方も少なくありません。サンマテオ郡の衛生局長モロー・スコット医師はこの事実について、次のように述べられています。 最近新型コロナウイルスに感染されている患者の大部分は、私たちを食べさせたり、私たちの家に電気を巡らせたり、ゴミの回収をするため最前線で働いてくれている方々です。そして、その人たちの多くは狭い家に多世代大人数で暮らしており、政府に対しての信頼がなく、むしろ政府を怖がっています。この非常に広まりやすいウイルスの流行を防ぐために、感染者は外出をせずに、仕事も休んで、隔離される必要があります。しかし、感染者が一家の稼ぎ手で、もし仕事に行かなければ家賃を払えなくなり住むところがなくなり、家族を養えなくなる場合には感染者の隔離を守ることは難しくなるでしょう。 このように最前線で働いてくれている方々だけでなく、その家族らもこの疫病の矢面に立たされているのです。 新型コロナウイルスの流行が始まった時点から、医療従事者はこれまでずっと勇敢に感染者の治療を続けてくれています。これら医療従事者らは命懸けで患者のケアを行い、ウイルスの研究をして、正しい情報を伝えようと日々尽力されています。中国湖北省武漢市にある武漢市中心医院に勤務していた医師李文亮(りぶんりょう)氏は昨年12月30日にこのウイルスの危険さについて他の医師らに警告しましたが、その後、彼自身もウイルスに感染し、2月7日に亡くなられました。 ウイルスの流行を防ぐための方針を守ることは、私たちのために最前線で働いてくれている方々への感謝を表す方法の一つです。その方針を守る方法としてまず推奨されている、出掛ける際にはいつもマスクを着用すること、そして人との距離を6フィート(2メートル)保つことを実践、そして継続するためには、他人に対しての思いやりや注意力、努力などの功徳が身についていないと難しいかもしれません。仏様はその功徳を成就するためには自己中心的な考え方を手放す必要があると説かれています。 自己中心的な考え方を手放すというのは、「こんなにたくさんのルールを守るのは面倒臭い」といった自分が中心の考え方から「多くの方々が私の命を支えて下さっている」といった自分の周りの人たちや物事を中心とした考え方に転回するということです。このように考え方を転回出来た時、私たちの心の中に感謝の扉が開き、私たちは常に仏様の智慧に照らされていることに気づくことが出来るのです。マスクを着用して、私もここに感謝の念仏を申します。 南無阿弥陀仏
  • 片手かけたり
                  サンマテオ仏教会では毎年10月上旬にペット・植物追悼法要を行います。これは可愛がっていたペットを偲んだり、仏前にお供えする花々をはじめ、私たちの命を支えてくれている植物の命に対しての感謝の気持ちを表すためのお参りです。今年の法要は2020年10月4日の9時半からオンラインで予定されています。               仏前にお供えする花々は、私たちの人生の導きとなる仏様の教えへの感謝の気持ちを表しています。新鮮で元気な状態でお供えする花々は日が経つにつれ枯れたり、散ったりすることによって、全ての命は無常であることを教えてくれているのです。               ペットを飼っている方の中には、そのペットに対して家族のような愛情を持っている方が少なくないでしょう。そのため、ペットと別れる時の悲しみと寂しさは深いに違いありません。このように命が無常であることに気づかされるその時こそ、仏様の教えに耳を傾けるご縁の時であり、私たちが今日ここに生かされていることは誠に不可思議で大変有り難いことだと改めて実感することができるのです。               昨年のある日、息子たちが家に飛び入ってきて、「お母さん!お父さん!早く来て!大きいカマキリが裏庭にいるよ!」と興奮して言うので、それまで野生のカマキリを見たことなかった私は、カマキリを是非見たいと思い、急いで息子たちの後について裏庭に行きました。庭に出ると、10センチくらいのとても大きいカマキリがパティオにいました。これまで見たカマキリの中で一番大きいカマキリが自分の庭にいたことに私はとても感動しました。               実はその野生のカマキリを裏庭で見つけた数年前の三月頃、私たち家族はナーサリーで長男が見つけた容器に二つ入っているカマキリの卵しょうを買って家で育ててみることにしました。私はカマキリが孵化すれば、私たちが庭で育てている野菜を食べる虫を減らしてくれる便利なペットになるだろうと思っていました。そして約一週間後に、その卵しょうから孵化した何百匹もの極小のカマキリ達が一斉に出てきました。孵化した後すぐに裏庭の茂みに放しましたが、カマキリ達は共食いをしたり、鳥に食べられたりして、残念ながらその数はすぐに激減してしまいました。初夏の時点で、もう庭でカマキリの姿を見るのが珍しくなっていました。そして最後に見かけたのは6月で、長さ3センチメートルぐらいのものが一匹だけでした。 […]