Autumn Ohigan (Equinox) Service

September 20, 2020

Guest Speaker (English)

Rev. Diana Thompson

Tri-State Denver Buddhist Temple

Check out Rev. Thompson’s messages on the Tri-State Denver Buddhist Temple Website

日本語の御講師

林斉昭先生

恵光寺(ワシントンDC)

林先生のご紹介

Under these extraordinary circumstances, we invite you to join us from the safety and comfort of your own home for an online Autumn Ohigan Service via the Zoom Meeting internet program on Sunday, September 20, 2020 at 9:30 a.m. during which we will remember our loved ones who have crossed over to the Other Shore.  Please do not come to the temple in person.

Schedule
8:30 a.m. Shoshinge Gyofu Chanting
9:00 a.m. Taiso Morning Exercise with instructor Juliet Bost
9:30 a.m. Autumn Ohigan Dharma Service with English Language Message by Rev. Diana Thompson
10:30 a.m. 日本語法話 林斉昭先生 Japanese Language Dharma Message by Rev. Nari Hayashi

To join us for this online Autumn Ohigan Service, CLICK HERE to sign up for “Live Broadcast of Services”.

現在感染が拡大している新型コロナウイルス感染を防ぐため、サンマテオ仏教会本堂内に集まることはできませんが、オンラインや電話を通して秋季彼岸会を行います。

そこで、2020年9月20日の9時30分から初盆法要をインターネットと電話でライブ中継をする予定です。自宅からご参拝されたい方は次の手順でご参加下さい。

ご参拝したい方はここにクリックして、”Live Broadcast of Services”に登録してください。

帰省

日本では、通常、お盆の時期は多くの人たちが実家に帰省するため一年の中で交通量が最も忙しくなる時期の一つです。毎年この時期は、サンマテオ仏教会でも多くの方が盆踊りの練習や盆踊りのために一年ぶりに仏教会に来てサンガとの絆を大切にします。毎年の初盆法要では、前年のお盆以降に往生された方々を偲ぶため、遠方からお参りに来られるご家族らもおられ、多くの方がご参拝に来られます。残念ながら今年の初盆は、新型コロナウイルスの感染を防ぐために仏教会に集まることが出来ませんが、その代わりに8月9日(日曜日)にオンラインと電話で盂蘭盆及び初盆法要を行います。この異例の今年のお盆の迎え方は、この時期の帰省の意義を考えさせてくれます。

盂蘭盆会(お盆)という仏教の行事は釈迦様とその弟子の目犍連尊者の話に基づいていると言われています。目犍連尊者は母親へのご恩の気持ちが深く、

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Obon and Hatsubon Service

August 9, 2020

Guest Speaker (English)

Rev. Harry Gyokyo Bridge

Buddhist Church of Oakland

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日本語の御講師

桑原淨信先生

浄土真宗本願寺派バークレー仏教会

桑原先生のご紹介

Obon music video by Rev. Bridge

Under these extraordinary circumstances, we invite you to join us from the safety and comfort of your own home for an online Obon & Hatsubon Memorial Service via the Zoom Meeting internet program on Sunday, August 9, 2020 at 9:30 a.m. during which we will remember our loved ones who have crossed over to the Other Shore.  Please do not come to the temple in person.

Schedule
8:30 a.m. Shoshinge Gyofu Chanting
9:00 a.m. Taiso Morning Exercise with instructor Juliet Bost
9:30 a.m. Obon and Hatsubon Dharma Service with English Language Message by Rev. Harry Gyokyo Bridge
10:30 a.m. 日本語法話 桑原淨信先生 Japanese Language Dharma Message by Rev. Kiyonobu Kuwahara

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現在感染が拡大している新型コロナウイルス感染を防ぐため、サンマテオ仏教会本堂内に集まることはできませんが、オンラインや電話を通して盂蘭盆会及び初盆法要を行います。

そこで、2020年8月9日の9時30分から初盆法要をインターネットと電話でライブ中継をする予定です。自宅からご参拝されたい方は次の手順でご参加下さい。

ご参拝したい方はここにクリックして、”Live Broadcast of Services”に登録してください。

(SMBT Obon lanterns photo by Aiko Chikaba)

本願とブラック・ライブズ・マター

7月26日に日本語法要をインターネットと電話でライブ中継をしました。

本願(第十八願)

わたしが仏になるとき、 すべての人々が心から信じて、 わたしの国に生れたいと願い、 わずか十回でも念仏して、 もし生れることができないようなら、 わたしは決してさとりを開きません。 ただし、 ()(ぎゃく)の罪を犯したり、 仏の教えを謗るものだけは除かれます。

第三願

わたしが仏になるとき、 わたしの国の天人や人々がすべて金色に輝く身となることがないようなら、 わたしは決してさとりを開きません。

第三十五願

わたしが仏になるとき、 すべての数限りない仏がたの世界の女性が、 わたしの名を聞いて喜び信じ、 さとりを求める心を起し、 女性であることをきらったとして、 命を終えて後にふたたび女性の身となるようなら、 わたしは決してさとりを開きません。

ただ心から念仏するのがよい

            三月から私たちの生活に大きな影響を与えてきた不要不急の外出禁止要請がこの一ヶ月で少しずつ緩んできました。 いろいろな店が前もって注文した商品をカーブサイドでピックアップ出来るサービスを行うようになり、レストランも外にある席なら座って食事ができるようになりました。 私たちの近所の屋外プールも開きましたが、 新しいルールがたくさん決められました。 例えば、 水に入っていない時は必ずマスクをつけることとプール用のおもちゃは使えないこと。 いつもあるはずのプールサイドのイスやテーブルは全て撤去され、 その代わりに2メートルずつ一つの家族が荷物を置けるスペースが赤いテープで示されてあるだけなので、 もしプールのそばにゆっくり座りたければ、 各々自分の家から椅子を持参して下さいとの決まりになりました。

      サンマテオ郡でもお寺や教会に対して新しい規則が発表されたため、「いつまた本堂で参りが出来るでしょうか」という問い合わせが何度かありました。サンマテオ郡の衛生局長モロー・スコット医師はお寺や教会に対しての規則を発表した際、全郡の聖職者への手紙を書いて自分の考えを示されました。彼は手紙の一部で次のように述べられています。「皆さんとその信者に分かってほしいことがあります。宗教的な集まりが許されている理由には、そういった集まりが安全だからということではありません。実は、何人の集まりであっても、集まることは安全だと思いません。」その後、モロー医師は聖職者のためのタウンホール・ミーティングを開かれました。

モロー医師の説明によれば、不要不急の外出禁止要請の協力のお陰で幸い患者が急増することなく、病院のベッドが不足する事態もおきませんでしたが、新型コロナウイルスの感染はまだサンマテオ郡に普及しているのが現状とのことです。先日にサンフランシスコ・クロニクル新聞に出た記事によると確かにサンマテオ郡が外出禁止要請を5月18日に緩め始めた頃から、新しい感染者数は31.5%増加しています。最近「新型コロナウイルスの最も危ない時期はもう終わった。」という意見をよく聞きますが、それについてカリフォルニア大学サンフランシスコ校舎大学病院(UCSF)の感染病の専門家ジョージラザフォード医師は別の新聞の記事にて次のように述べてられています。「このウイルスはラジオのニュースも聞かないし、新聞も読まないし、C N N のテレビニュースもみ見ません。このウイルスは繁殖するだけが存在の目的です。」

            聖職者のためのタウンホールの際、モロー医師はもしお寺や教会が集まろうとすれば、その危険性を十分に参加者に発表する必要があると述べ、次の方針を発表されました。建物の中よりなるべく外に集まった方が安全です。50歳以上の方は集まりに参加すべきでない。聖職者を含め、全ての参拝者は必ずマスクをつけるべきである。共用の聖典や香合は使用すべきでない。さらにモロー医師は「となえることと歌うことは一番効率的にウイルスを広く拡散させ、たくさんの人に感染を及ぼす方法なるため、集まりの時に本当にして欲しくありません。」と述べられました。

            このようにモロー医師は、集まってお経をとなえたり讃歌を歌ったりするのは非常に危険であるため、できればインターネット中継を使ってお参りすることを勧めています。サンマテオ仏教会は今後もインターネットのテレビ電話でのお参りを続けますので、http://sanmateobuddhisttemple.org/subscribe/からサブスクライブしていただければ参拝方法の説明をお送りします。パソコンを使われない方は (650) 446-6670 に電話をかけていただければ、そのままお参りを聞くことが出来ます。この番号にはI Dやパスワードは必要ありません。

法事もテレビ電話を利用して執り行っています。一ヶ所に集まってお参りしたい場合でも、北米開教本部からの指導で49日、100日、一周忌、三回忌などの定期的な法事の日程は安全に集まることが出来るようになるまで延期可能の方針をいただいています。もしマスクをして2メートルの距離を保つことが出来れば、屋外で集まってお参りをすることは出来ますが、その場合お経をとなえる代わりに拝読するだけとなります。

            以上のようなお焼香なし、お経をとなえることなし、恩徳讃を歌うことなしのお参りのかたちを考えますと、念仏者として何の行いが必要なのかという問いが心に浮かんできます。幸い、親鸞聖人はこれについて御消息(25)にはっきりと述べられています。

往生は間違いないという思いが定まったなら、 仏のご恩に報いようとして特に何か考えなければならないことはありません。 ただ心から念仏するのがよいと思います。

私は皆でまた本堂に集まって、一緒にお焼香して、仏様の前に肩を並べてサンマテオ仏教会らしく大きな声を出してとなえることができる日を楽しみにしています。その日が来るまで、報恩の心から生まれる他力念仏を申せば他に何も考えなくてよいという親鸞聖人の教えから安心をいただきながら一瞬一瞬を大切に過ごしましょう。

南無阿弥陀仏

法味:バザーでありがたく味わえる仏様の教え

Panelists: Miyuki Freidman, Toshinori Saiki, and Akira Uramoto

Japanese Language Session: the Food and the Dharma

水入らず

              不要不急の外出禁止要請が出てから仏教会の毎月の会報の法話を書くのもこれで三回目です。 この三ヶ月間、 仏教会の仲間の頑張りのおかげで電話やテレビ電話を使って毎週日曜日のお参りや勉強会を続けることが出来ていますが、 やはり皆さんと直接仏教会で会えることを非常に恋しく思います。 仏教会の理事会が話し合った結果、 六月いっぱい全てのお参りとイベントは中止になり、 オンラインでの参拝のみとなりました。 そして、 残念ながら今年の夏のバザーも中止になってしまいました。 毎年の仏教会のバザーは大勢の仲間が共に働き、 共に楽しむ、 一年間の中で最も賑わうありがたい行事の一つです。 コロナウイルスの影響で今年の夏にバザーが実施できないのは本当に寂しいですが、その代わりに六月二十七日に皆さんがビデオ電話や電話で参加できる楽しい行事を企画しています。

新型コロナウイルスは私たちの人生に大きな影響を及ぼしていますが、同時に仲間と一箇所に集まることのありがたさをより深く感じるようにもなりました。例えば、今まで挨拶程度の浅い交友関係だった近所の人たちとも、散歩途中の6フィートの距離を保ちながらの路上での会話がとても楽しく感じられます。

このように一緒に過ごすことの大切さを再認識しながら、私は念仏者同士の深い思いやりを今まで以上にありがたく思うようになってきました。梯實圓先生は19世期頃のそのような念仏者同士の深い関係を次のように紹介されています。

あるとき[信次郎という念仏者が]京都に一蓮院という厚信の御講師がおられるときき、教化にあずかるために上京し、その住居をたずねました。

玄関で待っていますと、出てこられた一蓮院はいきなりきびしい口調で問われた。

「私にあいたいというのはその方か、なにの用があってまいられた」

「南無阿弥陀仏の六字のおいわれを聴聞つかまつりたくて参りました」

信次郎が、こう答えると一蓮院は、表情をやわらげて、

「それはよく参った。しかしそういうところをみると、今までに六字のおいわれを聞いたことがあろう。何と聞いてまいった」

「はい、南無阿弥陀仏とは、必ず救うぞ、とこのわたくしをおよびづめ、招きづめの如来さまのおよび声であって、このおおせに微塵(みじん)のまちがいもないといただいております」

この答えを聞きますと、一蓮院は、全身によろこびをあらわして、信次郎が立っている土間まで降りてきて、彼の手をとり、

「それがお六字のおいわれというものじゃ、たのむというも、信ずるというも、そのことじゃ。いいお同行がまいられた。ささ、おあがりなされ」

といって、自室に案内し、いろいろと御法談をしてくださったそうです。

(『妙好人のことば』梯實圓著 220〜221頁)

一蓮院と信次郎は共に念仏を喜んでおり、二人はありがたい関係になりました。一蓮院は晩年信次郎と一緒に暮らしており、信次郎は一蓮院の日常生活の手伝いをしながら朝も夕方もよく仏法を聴聞したということです。下記の話の続きに二人の仲の良さを見ることが出来ます。

あるとき、信次郎はよばれたので、お部屋へ伺いますと、一蓮院は一言も御用をおおせられず、ただお念仏ばかりを称えておられます。そのうちに何かおおせつけになるのだろうと待っていましたが、一向にお言葉がありません。部屋を出るに出られず、信次郎もまたお念仏をはじめると師はいよいよ声をはりあげて念仏されます。知らぬまに夜がふけて、真夜中になってしまいました。そのとき一蓮院は、ふと念仏をやめると、「信次郎、今晩は、水入らずでありがたかったのう」

といわれたそうです。

(『妙好人のことば』梯實圓著 220〜221頁)

私たちは家族や友達と一緒にいると、ついつい特別な会話やアクティビティをしないと有意義な時間にならないと思いがちです。しかし、一蓮院と信次郎のように心を開いて南無阿弥陀仏のいわれを聞けば、私の救いのためにやらないといけないことは全て阿弥陀如来が既に完成して下さっていることに気づくことが出来ます。そうすれば、仏様の大慈悲を仰ぎながら、安心して、ただ一緒にいるご縁を喜ぶことが出来ます。この大変の世の中でも、ご一緒に、お念仏に仏様の呼び声を聞きながら、心安らかに暮らしましょう。

南無阿弥陀仏

聞き合い、仏様に聞く

思えば、 先月、 私が仏教会の4月の会報用の法話を書いていた時にちょうど新型コロナウイルス対策のための不要不急の外出禁止要請が始まりました。 その時点では、 これからどうなるのだろうという不安はありましたが、 新型コロナウイルスが世界中でこんなに数多くの人々が感染するとは想像もしていませんでした。 今、 仏教会の5月の会報用の法話を書いているところですが、 今朝「新型コロナウイルスがアメリカにおける死亡原因の一位に上りそうだ」というタイトルの記事をワシントンポスト新聞で見かけました。 国内外で数多くの方々が感染し、 命を落とすケースも少なくないという現状は本当に悲しいことです。 しかしこのような不安と恐怖の中でも私たちは親鸞聖人の教えに耳を傾けることによって安心をいただくことができます。

この間、有難く読ませていただいた親鸞聖人のご消息は飢饉と疫病によってたくさんの人々が亡くなっていた時代に書かれたもので、親鸞聖人のそのお言葉を今の大変な状況の中で読みますと心に響いてくるものがあります。

何よりも、去年から今年に欠けて、 老若男女を問わず多くの人々が亡くなったことは、 本当に悲しいことです。 けれども、 命あるものは必ず死ぬという無常の道理は、 すでに釈尊が詳しくお説きになっているのですから、 驚かれるようなことではありません。

(『親鸞聖人御消息16』現代語訳)

親鸞聖人は先ず「本当に悲しいことです」と述べられます。この言葉で親鸞聖人がお別れにあった人々の悲しみをやさしく分かち合っておられるのが分かります。そして、生まれるものは必ず死に至るという無常の道理はすでに釈迦様が詳しく説かれているので、驚くようなことではありませんと述べられています。しかし、新型コロナウイルスで亡くなられた数多くの人々のこと、またこの大変な状況の中でも一生懸命患者の命を救おうと命懸けで働き続けてくれている医療従事者のことを考えると、私はどうしても驚いてしまいます。自分の幼い娘が1819年の天然痘で死別した小林一茶はつぎの句を詠んでいます。

 

露の世は露の世ながらさりながら

 

生老病死は全ての人が必ず出会う苦しみであるという釈迦様の教えを聞き、それを信じても、まだ悟りの智慧が整っていない凡夫の私にはお別れの時は悲しみと驚きの気持ちが心に満ちて溢れてきます。

では、病気と死別から逃げることが出来ないこの世の中に生きている私たちはどこから安心をいただけるのでしょうか?親鸞聖人は、阿弥陀如来による本願を信じる人は必ずお浄土に往生して苦しみから解放されるとした誓願を勧められており、私たちはこの阿弥陀如来による本願を信じること、つまり信心によって安心をいただくことができるのです。

わたし自身としては、 どのような臨終を迎えようともその善し悪しは問題になりません。 信心が定まった人は、 本願を疑う心がないので正定聚の位に定まっているのです。 だからこそ愚かで智慧のないわたしたちであっても尊い臨終を迎えるのです。

(『親鸞聖人御消息16』現代語訳)

私のように智慧のない世の中の苦しみに沈んでいる人がいるからこそ阿弥陀如来は本願を立てられました。「南無阿弥陀仏」のお名号を聞きますと生きることにも死ぬことにも恐れはいらないという安心をくださる仏様の呼び声を聞くことが出来ます。

お念仏に生かされるとは喜びの時にも悲しみの時にも仏様の呼び声を聞くということです。お念仏を共に喜ぶ仲間と共に聴聞することは大きな安心を与えてくれますが、今は不要不急の外出禁止要請によりなるべく人と会わないように規制されているので、今まで通りの聴聞はできなくなっています。それでも、仏教会の仲間と共にお念仏を喜ぶことは今も続いているのです。

この一ヶ月の不要不急の外出禁止要請の間に、仏教会の仲間は電話やEメールを使ってお互いに声を掛けたり、外出が出来ない方を助け合ったりしています。そしてテレビ電話や電話で話し合う法座に参加することによって、心配や不安を聞き合っています。お互いに不安を聞き合うことによって、仏様は全ての人の不安を聞き、皆一人ひとりに安心を与えるため本願を建立されました。お名号を聞くことによってその金剛の信心をいただくことで、大変な世の中にいても本当の安心をいただくことが出来るのです。

 

南無阿弥陀仏