水入らず

              不要不急の外出禁止要請が出てから仏教会の毎月の会報の法話を書くのもこれで三回目です。 この三ヶ月間、 仏教会の仲間の頑張りのおかげで電話やテレビ電話を使って毎週日曜日のお参りや勉強会を続けることが出来ていますが、 やはり皆さんと直接仏教会で会えることを非常に恋しく思います。 仏教会の理事会が話し合った結果、 六月いっぱい全てのお参りとイベントは中止になり、 オンラインでの参拝のみとなりました。 そして、 残念ながら今年の夏のバザーも中止になってしまいました。 毎年の仏教会のバザーは大勢の仲間が共に働き、 共に楽しむ、 一年間の中で最も賑わうありがたい行事の一つです。 コロナウイルスの影響で今年の夏にバザーが実施できないのは本当に寂しいですが、その代わりに六月二十七日に皆さんがビデオ電話や電話で参加できる楽しい行事を企画しています。

新型コロナウイルスは私たちの人生に大きな影響を及ぼしていますが、同時に仲間と一箇所に集まることのありがたさをより深く感じるようにもなりました。例えば、今まで挨拶程度の浅い交友関係だった近所の人たちとも、散歩途中の6フィートの距離を保ちながらの路上での会話がとても楽しく感じられます。

このように一緒に過ごすことの大切さを再認識しながら、私は念仏者同士の深い思いやりを今まで以上にありがたく思うようになってきました。梯實圓先生は19世期頃のそのような念仏者同士の深い関係を次のように紹介されています。

あるとき[信次郎という念仏者が]京都に一蓮院という厚信の御講師がおられるときき、教化にあずかるために上京し、その住居をたずねました。

玄関で待っていますと、出てこられた一蓮院はいきなりきびしい口調で問われた。

「私にあいたいというのはその方か、なにの用があってまいられた」

「南無阿弥陀仏の六字のおいわれを聴聞つかまつりたくて参りました」

信次郎が、こう答えると一蓮院は、表情をやわらげて、

「それはよく参った。しかしそういうところをみると、今までに六字のおいわれを聞いたことがあろう。何と聞いてまいった」

「はい、南無阿弥陀仏とは、必ず救うぞ、とこのわたくしをおよびづめ、招きづめの如来さまのおよび声であって、このおおせに微塵(みじん)のまちがいもないといただいております」

この答えを聞きますと、一蓮院は、全身によろこびをあらわして、信次郎が立っている土間まで降りてきて、彼の手をとり、

「それがお六字のおいわれというものじゃ、たのむというも、信ずるというも、そのことじゃ。いいお同行がまいられた。ささ、おあがりなされ」

といって、自室に案内し、いろいろと御法談をしてくださったそうです。

(『妙好人のことば』梯實圓著 220〜221頁)

一蓮院と信次郎は共に念仏を喜んでおり、二人はありがたい関係になりました。一蓮院は晩年信次郎と一緒に暮らしており、信次郎は一蓮院の日常生活の手伝いをしながら朝も夕方もよく仏法を聴聞したということです。下記の話の続きに二人の仲の良さを見ることが出来ます。

あるとき、信次郎はよばれたので、お部屋へ伺いますと、一蓮院は一言も御用をおおせられず、ただお念仏ばかりを称えておられます。そのうちに何かおおせつけになるのだろうと待っていましたが、一向にお言葉がありません。部屋を出るに出られず、信次郎もまたお念仏をはじめると師はいよいよ声をはりあげて念仏されます。知らぬまに夜がふけて、真夜中になってしまいました。そのとき一蓮院は、ふと念仏をやめると、「信次郎、今晩は、水入らずでありがたかったのう」

といわれたそうです。

(『妙好人のことば』梯實圓著 220〜221頁)

私たちは家族や友達と一緒にいると、ついつい特別な会話やアクティビティをしないと有意義な時間にならないと思いがちです。しかし、一蓮院と信次郎のように心を開いて南無阿弥陀仏のいわれを聞けば、私の救いのためにやらないといけないことは全て阿弥陀如来が既に完成して下さっていることに気づくことが出来ます。そうすれば、仏様の大慈悲を仰ぎながら、安心して、ただ一緒にいるご縁を喜ぶことが出来ます。この大変の世の中でも、ご一緒に、お念仏に仏様の呼び声を聞きながら、心安らかに暮らしましょう。

南無阿弥陀仏

聞き合い、仏様に聞く

思えば、 先月、 私が仏教会の4月の会報用の法話を書いていた時にちょうど新型コロナウイルス対策のための不要不急の外出禁止要請が始まりました。 その時点では、 これからどうなるのだろうという不安はありましたが、 新型コロナウイルスが世界中でこんなに数多くの人々が感染するとは想像もしていませんでした。 今、 仏教会の5月の会報用の法話を書いているところですが、 今朝「新型コロナウイルスがアメリカにおける死亡原因の一位に上りそうだ」というタイトルの記事をワシントンポスト新聞で見かけました。 国内外で数多くの方々が感染し、 命を落とすケースも少なくないという現状は本当に悲しいことです。 しかしこのような不安と恐怖の中でも私たちは親鸞聖人の教えに耳を傾けることによって安心をいただくことができます。

この間、有難く読ませていただいた親鸞聖人のご消息は飢饉と疫病によってたくさんの人々が亡くなっていた時代に書かれたもので、親鸞聖人のそのお言葉を今の大変な状況の中で読みますと心に響いてくるものがあります。

何よりも、去年から今年に欠けて、 老若男女を問わず多くの人々が亡くなったことは、 本当に悲しいことです。 けれども、 命あるものは必ず死ぬという無常の道理は、 すでに釈尊が詳しくお説きになっているのですから、 驚かれるようなことではありません。

(『親鸞聖人御消息16』現代語訳)

親鸞聖人は先ず「本当に悲しいことです」と述べられます。この言葉で親鸞聖人がお別れにあった人々の悲しみをやさしく分かち合っておられるのが分かります。そして、生まれるものは必ず死に至るという無常の道理はすでに釈迦様が詳しく説かれているので、驚くようなことではありませんと述べられています。しかし、新型コロナウイルスで亡くなられた数多くの人々のこと、またこの大変な状況の中でも一生懸命患者の命を救おうと命懸けで働き続けてくれている医療従事者のことを考えると、私はどうしても驚いてしまいます。自分の幼い娘が1819年の天然痘で死別した小林一茶はつぎの句を詠んでいます。

 

露の世は露の世ながらさりながら

 

生老病死は全ての人が必ず出会う苦しみであるという釈迦様の教えを聞き、それを信じても、まだ悟りの智慧が整っていない凡夫の私にはお別れの時は悲しみと驚きの気持ちが心に満ちて溢れてきます。

では、病気と死別から逃げることが出来ないこの世の中に生きている私たちはどこから安心をいただけるのでしょうか?親鸞聖人は、阿弥陀如来による本願を信じる人は必ずお浄土に往生して苦しみから解放されるとした誓願を勧められており、私たちはこの阿弥陀如来による本願を信じること、つまり信心によって安心をいただくことができるのです。

わたし自身としては、 どのような臨終を迎えようともその善し悪しは問題になりません。 信心が定まった人は、 本願を疑う心がないので正定聚の位に定まっているのです。 だからこそ愚かで智慧のないわたしたちであっても尊い臨終を迎えるのです。

(『親鸞聖人御消息16』現代語訳)

私のように智慧のない世の中の苦しみに沈んでいる人がいるからこそ阿弥陀如来は本願を立てられました。「南無阿弥陀仏」のお名号を聞きますと生きることにも死ぬことにも恐れはいらないという安心をくださる仏様の呼び声を聞くことが出来ます。

お念仏に生かされるとは喜びの時にも悲しみの時にも仏様の呼び声を聞くということです。お念仏を共に喜ぶ仲間と共に聴聞することは大きな安心を与えてくれますが、今は不要不急の外出禁止要請によりなるべく人と会わないように規制されているので、今まで通りの聴聞はできなくなっています。それでも、仏教会の仲間と共にお念仏を喜ぶことは今も続いているのです。

この一ヶ月の不要不急の外出禁止要請の間に、仏教会の仲間は電話やEメールを使ってお互いに声を掛けたり、外出が出来ない方を助け合ったりしています。そしてテレビ電話や電話で話し合う法座に参加することによって、心配や不安を聞き合っています。お互いに不安を聞き合うことによって、仏様は全ての人の不安を聞き、皆一人ひとりに安心を与えるため本願を建立されました。お名号を聞くことによってその金剛の信心をいただくことで、大変な世の中にいても本当の安心をいただくことが出来るのです。

 

南無阿弥陀仏

 

 

サンガの宝

今、 新型コロナウイルス感染の影響で世の中が大変な状況になっている中、 皆様は阿弥陀如来の智慧と慈悲をよりどころとして、 心穏やかに暮らせていますでしょうか? 先日、 オークランド仏教会のブリッジ・ ハリー楽橋先生からのメールに「お念仏を申すのをお忘れなく」と書かれていましたが、 まさにそのとおりだと思いました。私たちが阿弥陀さまを忘れても、阿弥陀さまは決して私たちを忘れることはありません。

サンマテオ郡の衛生局から出された新型コロナウイルス感染症の流行を防ぐための指導に従い、 サンマテオ仏教会は四月いっぱいお寺を閉めることに決めました。このため四月の祥月法要も延期となりました。

このように仏教会への直接の参拝はしばらく中止されてしまいましたが、 4月19日(日曜日)は午前9時半から釈迦さまのご誕生を祝う花祭りの法要をインターネットでライブ中継する予定ですので宜しければそちらでご参拝いただけたらと思っています。

この大変な時こそ、御同朋御同行(サンガ;お仏法の仲間)のご縁をお互いに大切にしましょう。直接会えなくても、代わりに、友達や親戚に電話やテレビ電話をかけて共に会話を楽しむことはできます。

サンマテオ仏教会では、この度電話やオンラインで参加できるお参りやアクティビティーの提供を始めました。インターネットやパソコンの使い方に不自由のない方は、この機会に是非インターネットを使うことに慣れていない家族やお友達を手伝っていただければと思います。

電話で法話やお参りをお聞きになりたい方は、(650) 342-2541に電話をかけることによって、電話参加者リストへの登録が可能です。Eメールのリストもトピック毎に分けて作ってありますので、ご自分の興味のあるトピックについての連絡がもらえます。ご自分がサブスクライブしたトピックだけのお知らせをもらうことも可能ですし、そのサブスクリプションのトピックの変更もいつでも可能です。下記のサンマテオ仏教会のホームページからサブスライブできます。

https://sanmateobuddhisttemple.org/subscribe/

又は、sanmateo.buddhist@gmail.com にメールして、サブスクライブすることができます。

選べるトピックは下記のとおりです。

Live Broadcast of Services: 毎週日曜日のお参りにはオンラインで参拝できますし、電話で参拝することもできます。オンラインまたは電話で参拝するための情報は毎週提供されます。

Dharma School: 今、自宅でできるダーマスクールアクティビティー考えているところです。私も小学校生の子供が二人いて実感していますが、学校閉鎖と外出制限を強いられている状況で、ダーマスクールの子供の親たちも家で自分の仕事も進めながら、子供の勉強にも目を配らなくてはいけないといった、今までにやったことのない自宅学習を実践しなければいけない状況に多くのストレスを抱えているに違いありません。ただ一方で、この大変な日々の中でも、今の時代に珍しく親と子供が全員家にいて一緒に過ごせる時間が与えられたことに有難く感じているのも本当です。

Study Classes and Seminars: 毎週日曜日の大人向けのダーマディスカッションもオンラインと電話で継続していきます。また、その他の勉強会や話し合い法座も同様に続けていく方向です。

Community Service (ex. Support for Homebound Elders)

この厳しい現状の中、スーパーや薬局への外出ができない方のために買い物のサポートを提供してくれるサービスも必要ですが、そういった方々に電話で話を聞いてくれる相手がいることも大切だと思います。そしてそれは現状の社会的に距離を保たなければいけない時に特に大事と言えるでしょう。ずっと一人になることは精神的負担になりますが、それは特に高齢者に悪影響を与えてしまいます。日々いろいろな刺激を受けることは年齢を問わず精神的な健康にとても大事なことで、ある方にとっては仏教会がその刺激を受ける一番の場所になっていたことでしょう。現状のお寺に直接来られない時でも電話で会話をすることによって刺激を受けることができます。サンマテオ仏教会では現在、自宅で一人で過ごされているメンバーの方々に定期的に電話で会話をして下さるボランティアを募集しています。ボランティアができる方は(650) 342-2541又はsanmateo.buddhist@gmail.comまでに連絡お願いします。

日本語の法話: 日本語のお参りや勉強会のライブインターネット中継についての情報を提供します。

General Announcements: 祥月法要、メモリアルデーのお墓参り、バザーなどの情報を提供します。

その他問い合わせや相談したいことがあれば、遠慮なく私(650) 342-2541に連絡下さるよう宜しくお願いします。

 

南無阿弥陀仏

西方に向かって

3月22日(日曜日) は午前9時半から春のお彼岸法要をお勤めします。 春と秋のお彼岸の日は、 昼と夜の長さがちょうど同じとなり、 太陽が真っ直ぐ西の方に沈みます。 浄土三部経には、 阿弥陀如来のお浄土は西方にあるさとりの世界であると述べてありますので、 お彼岸は自分の人生の歩んでいる方向を確認するのに良い機会といえるでしょう。

『仏説阿弥陀経』に阿弥陀如来の極楽浄土が西方にあることについて次の言葉があります「ここから西の方へ十万億もの仏がたの国々を過ぎたところに、  極楽と名づけられる世界がある。 そこには阿弥陀仏と申しあげる仏がおられて、  今現に教えを説いておいでになる。」私が以前、お彼岸の法話にその西方浄土の話をした後に次のような質問を受けたことがあります。「阿弥陀如来のお浄土は西方にあるといえば、宇宙船に乗って行けるようなところでありますでしょうか?」私はその時どう答えればいいのか分からず困ってしまいました。確かにお浄土が存在している世界であるのは間違いありませんが、おそらくそのような物理的な場所ではないでしょう。

その後、私は京都の中央仏教学院で勉強していた時の恩師佐々木義英先生にお会いした時に、もし先生がその質問をされたらどう答えますかと尋ねると、佐々木先生はご自身が書かれた『なるほど浄土真宗』という本にある次の分かりやすい説明を紹介して下さいました。

夜空に浮かぶ美しい星々の輝きは、何億光年という気の遠くなるような時間をかけて、地球にたどり着いています。ところが、その光が地上にとどく頃には、すでに消滅している星もあります。私たちが見ている星々のすべてが実在しているわけではないのです。

 夜空の星々も、それを地上で見ている私たちも、すべてのものは生まれてはやがて消えていきます。「浄土」が望遠鏡で取られるような世界であるのなら、夜空の星と同じように、やがて消滅してしまうことでしょう。

 このように、私たちの世界のなかでは、どのようなものであっても、永遠にあり続けることはできません。ですから、お経には、「浄土」は、私たちの世界とは異なっていて、私たちのものの見方や考え方ではとらえることのできない「さとりの世界である」と説かれているのです。そして、それは「生まれてはやがて消えていくという世界のなかにいる私たちを救い取ってさとりを開かせる」ために「ある」世界ということなのです。(『なるほど浄土真宗』13頁)

朝、東の空に登っていく太陽が必ず夕方になると西の方に沈んでいくのと同じように、この世に生まれてきた私たちも必ずいつか死に至ります。悟りを開く人は人生が終わった時に生死の迷いの世界から開放されます。悟りを開いて生死から解放されることは仏教の目指すところです。悟りにたどり着くためには八万四千の法門があるといいますが、私たちが阿弥陀如来がすべての人々を救う本願を信じて浄土に往生することは、私たちを必ず悟りへと導いてくださるお念仏の道です。お彼岸は私たちが歩んで行くその悟りへの道を確かめる尊いご縁なのです。

 

南無阿弥陀仏

功徳に勝れている

この間、お参りの後に仏教会の会長が皆さんに挨拶した際、こう言われました、「先ずはアダムス先生に遺憾の意を示しめします。」一瞬、一体何の話だろうと思いましたが、続けて「昨日のアメリカンフットボールのディビジョン決勝戦でサンフランシスコ・フォーティナイラーズが先生の実家ミネソタ・バイキングスに圧勝したことは申し訳ありませんでした。」と。なぜなら、惜しくもバイキングスが負けてしまったので、ミネソタの多くの方が希望していた二月二日のスーパーボールへ登場の可能性は消えてしまったからです。

スーパーボールはアメリカンフットボールの優勝戦であり、家族と友たちが集まって見ることはアメリカの特徴な文化の一つと言えるでしょう。スパーボールに登場するチームは自分のディビジョンとコンファレンスの他のチームに勝利しないといけません。それほど勝れたチームは内面に強いやる気の精神、戦略力、努力などが必要かつ、外面に速さ、力、良い装具が必要です。

実際にスーパーボールの舞台に立つことが出来る人は少ないのですが、試合を見るのが楽しいのは、私たちそれぞれの人生の挑戦の中でも勝利したり失敗したりすることがあるので、一生懸命頑張る選手の姿を見ることで私たちも選手らから頑張るエネルギーと勇気をもらえるからです。

仏様の教えではむさぼり・いかり・おろかさの三毒に勝利することが人生の中の最も大切な挑戦だとされています。むさぼり・いかり・おろかさは私たちの自己中心的な生き方から起こり、自分自身と周りの人たちを苦しめることから、三毒と言います。但し、仏様の智慧と慈悲をいただき悟りを開くことによって私たちも三毒に勝利することが出来るのです。

スーパーボールで優勝するチームは内面外面両方に勝れた選手であることを表しています。同じように、悟りを開き、むさぼり・いかり・おろかさに勝利する人は内、外ともに仏様の勝れた功徳を備えていることを表します。仏様の内面的な功徳は智慧と何に対しても恐れることのない強い心です。そして、仏様はすべての人々を救うため仏法を広めることで外面的な功徳も示されています。仏様はこのように仏法を広めることによって、私たち皆の人生に智恵の光を照らして下さっているのです。

「南無阿弥陀仏」という名号で仏様の智慧と慈悲が私たちの心に届きます。法然聖人は『選択本願念仏集』に次のようにその名号の徳を述べられています。

名号は万(よろず)の徳の帰するところである。 ゆえに弥陀一仏の持っておられる四智(しち)・三身(さんしん)・十(じゅう)力(りき)・四無(しむ)所(しょ)畏(い)などの内に一切の証得せられた徳と、 相好・光明・説法利生 (法を説いて衆生を利益する) などの外に働く一切の功徳とが、 みなことごとく阿弥陀仏の名号の中に摂まっている。

(『聖典意訳七祖聖教』)

阿弥陀如来が名号になって、私たちの心に届くことによって、悟りの一切の功徳をいただくことになります。南無阿弥陀仏を申すと言うことは仏様の智慧と慈悲が私たちの人生に働きかけてくれることに気づき、感謝を表すことです。お念仏のいわれを聞くことによって、阿弥陀如来の智慧の光が私たちの心を照らし、愚痴の畏れと闇から解放してくれるのです。

人生の様々な挑戦に向き合う時に名号が智慧の光を照らし、歩むべき道を明らかにしてくれます。その働きの導きに気づいた時、自然に「南無阿弥陀仏」の念仏が口から現れるのです。

 

南無阿弥陀仏

 

視力20/20

先日私が仏教会のオフィスで聖教の少し難しいところを読みながら、いつの間にか居眠りをしてしまっていた時、外のドアベルのチャイムが鳴ったのにびっくりして、とっさに立ち上がりインターフォンを取ろうと焦っているうちにメガネが顔から落ちてしまい床に当たった瞬間、フレームが壊れてかけられなくなってしまいました。アメリカでは一般の人が20フィート(6メートル)離れた距離で見えるものがそのまま20フィートの距離で見えるという優れた視力を20/20と言います。眼科医のオフィスによく掛けられてあるチャートの一番上にある大きいアルファベットは大体視力20/200と言われていて、それしか読めない人の視力は一般の人が200フィート(60メートル)から見えるものがそれらの人には20フィートの短い距離からしか見えない弱い視力を持っていると判断されます。私はメガネをかけていないとその一番上の大きいアルファベットを読むのにさえ苦労します。

ですから、メガネが壊れたとき私は必死になって、十年くらい前京都に住んでいた時に買ったメガネを探し出しました。私は初めて日本でメガネを買った時、出来上がったメガネをかけてみて、メガネ屋職員にこう言いました。「このメガネの強度は間違っていますよ。私は今まで毎回新しいメガネを作ってもらった時は、新しいメガネをかけた時の方がはっきり見えますが、このメガネは前に持っていたメガネよりも強度が低いようです。」そして、前のメガネの強度に変えてくれるかとお願いすると、メガネ屋の職員は次のように答えました。「私たちの考えでは、お客様が今までにかけておられたメガネの強度は強過ぎると思います。左目の視力の方がお強いから、左目の方がいつも右より働いています。左のレンズの強度を少し弱くすれば右と左がバランス良く働くようになるので、目の疲れも少なくなりますよ。」正直、私はその説明に対して疑問を持っていましたが、そのメガネ屋の職員は自信を持って説明してくれたので、とりあえずそのメガネをかけてみることにしました。実は日本に引っ越す前の私のメガネの処方箋は少しずつ強くなりつつあったのですが、六年間日本に滞在していた間は殆ど変わらなかったので、私はそのメガネ屋の職員から聞いた説明を信じるようになっていました。

その後、カリフォルニアに来て新しいメガネを作ってもらった時、眼科医の先生が「右目の処方箋はそのままですが、左目は強くしないといけません。」と言いました。それに対して私は京都でもらった処方箋の理屈を説明しようとしたのですが、カリフォルニアの眼科医の先生は「はっきり見える方がいいでしょう。片目の処方箋をわざと弱くすることを進める医療研究の結果は聞いたことがありません。」とそっけなく言いました。眼科医と医療研究について反論を出す気がなかったので、素直に新しい処方箋をいただきました。その処方箋通りに作った新しいメガネをかけてみると、初めて高速道路を運転した時に降りる出口のサインを遠くから読めたことにとてもありがたく思いました。

そして、今のメガネを修理している間、京都に住んでいた時にかけていたメガネをまたかけてみると、確かに本を読む時に目の疲れが少ない事に気が付きました。初めてカリフォルニアで診てくれた眼科医の先生は、とりあえずは物がはっきり見えればそれでいいという考え方でした。その先生は部屋の向こう側にある物がどこまで細かく見えるかによってだけで処方箋を決めていました。一方、京都で診てくれた眼科医は視力と物を見る人の両方の事を考えながら処方箋を決めていて、どこまで細かく物が見えるかだけでなく、一日中レンズを通して物を見る私の目の疲労度にも気を配ってくれていたのです。この二名の眼科医の先生の方針の違いを今振り返ってみますと「何が見える」のかと同時に「どのように見る」のかということを考えさせられます。

サンマテオ仏教会の本堂には「見真」と書いてある額がお内陣の欄間上に掛けられています。親鸞聖人は見真大師という大師号を明治天皇に宣下されました。「見真」というのは「真を見る」という意味で、阿弥陀如来の光に照らされている真実に気づきながら生きる、念仏者の生き方も表します。親鸞聖人は自分の眼について「正信偈」に次のように述べておられます。

「きわめて罪の重い悪人はただ念仏すべきである。

わたしもまた阿弥陀仏の光明の中に摂め取られているけれども、

煩悩がわたしの眼をさえぎって、 見たてまつることができない。

しかしながら、 阿弥陀仏の大いなる慈悲の光明は、 そのようなわたしを見捨てることなく常に照らしていてくださる」

お念仏によって「真を見る」視力というのは、まさにむさぼり・怒り・おろかさの煩悩によって正しいものの見方がさえぎられている瞬間の自身の心の本当の様子に気づくことです。2020年の新年を迎えながら、阿弥陀如来の光が常に私の人生を照らし、日々智慧と慈悲を私に働きかけていることに気づかせて下さっていることに感謝しています。

 

南無阿弥陀仏

目覚めの境地

先月サンフランシスコ・ファウンデーションという財団法人がサンマテオ市北中央区の歴史と現在の課題を視察するためのツアーを行い、その際サンマテオ仏教会にも訪問がありました。ツアーの実行委員会は日系仏教徒が120年の間に北中央区に残した重要な活躍を紹介したいとツアーの時に是非仏教会に寄りたいと言っておられました。

ツアーがサンマテオ仏教会を訪問した際、長年北中央区に住んでおられる御門徒さん四人が自分の経験とこれからの区のために願っていることについて話をされました。御門徒さん一人一人は自分の家族がどうやっていろいろな課題を乗り越えサンマテオで有意義な生活を築いたかについて感動するお話を述べられました。この時に聞いた話の一つが今度2020年12月1日(日曜日)の9時半からサンマテオ仏教会でお勤めする成道会に関係があると思い、ご紹介したいと思います。

私の子供ときの一番大きな出来事は1942年2月に出された当時西海岸各地に住んでいた日系人全員を強制的に収容所に移動させる米国大統領令でした。私はその時六歳でした。はっきり覚えているのは消灯訓練です。消灯訓練の時は家中の電気と町中の灯明をすべて消さなければならず、危険がないと示すサイレンが鳴るまでは電気を付けることは禁止されており、町中午後8時の門限が決められていました。私の父親はその時昼間に庭師の仕事をしていましたが、ヒルズボローのお金持ちの家がパーティーをホストした時は、父は皿洗いの仕事も頼まれていました。そして仕事が終わると車のヘッドライトを点けずに運転して帰ってきていましたから、私は父が警察につかまれるのではないかと心配していたことを今でも覚えています。

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感謝の表明

11月は感謝を表す特別な機会がたくさんあります。サンマテオ仏教会では、11月17日(日曜日)に仏教会が仏法を聴聞でき、お念仏を喜ぶ道場として永遠に続くようにとの願いを持って、これまで力を尽くしてきて下さった代々のご門徒さまを偲ぶ永代経法要が行われます。11月24日(日曜日)には7歳、5歳、3歳の子供の元気で幸せな成長を支えるご縁を感謝する七五三法要が行われます。そして、11月28日(木曜日)は多くの家族や友人らが集まる、アメリカのとてもありがたい祝日である感謝祭(サンクスギビング)を祝います。

このように11月は感謝の心を再発見する特別な行事がたくさんありますが、お念仏に生かされている私たちはご恩報謝に日頃からつとめることによって、大きな安らぎと喜びをいただく事が出来ます。簡単な例えで言えば、日々の生活の中での感謝を表す姿の一つは、食事の前に手を合わせて「いただきます」を言うこと、そして食事の後にもまた手を合わせて「ごちそうさまでした」を言うことです。食前の合掌は浄土真宗の歴史の中に根深い伝統があります。私は最近、田名大正先生が第二次世界大戦時にニューメキシコ州にある戦時敵国人抑留所で書かれたサンデースクールの法話の編集記『佛子生活編』に食前の合掌についての次の説明を見つけました。

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弥陀の法水を流せ

先月サンフランシスコで開催された世界仏教婦人会大会の運営にご協力いただいたサンマテオ仏教会の御門徒の皆さんにまずお礼を申し上げます。サンマテオ仏教会のメンバーの方々がレジストレーションを始め、通訳、翻訳、マーケットプレイス市場など全般的な企画と運営に加え、様々な分野で大活躍して下さったことに、心より感謝しております。今回の大会は十年も前から準備が始まっていて、多くの方々が沢山の時間と努力と財産をお布施してくださったお陰で、本当に尊い集いができたと思っています。日本、ハワイ、カナダ、南米、北米開教区(BCA)から御門徒と僧侶合わせて約1,700名の方が今回の大会に参加しました。

大会中、京都から参加されていた僧侶とBCAの開教使が昼食を一緒にする機会があり、私はこの場での通訳をするご縁をいただきました。会話の中で、「往生」の意味について話になり、お浄土に往生するということは死んだ後に往生するのか、今生きているこの人生の中においても往生できるのかという疑問が挙がりました。京都から来た一人の先生は親鸞聖人の書籍をいくつか挙げ、阿弥陀如来の本願を信じる人は、この人生が終わった時に、阿弥陀如来の浄土にすると示されました。

その際、BCAの開教使の一人が次のように言いました「北米開教区の開教使にとって、これは非常に興味深い話題です。最近、アメリカの仏教会に新しく入って来る人たちは現世の人生をどう生きるべきかについて尋ねることが多く、後世のことはほとんど関心を持っていないようです。」そして、「今、浄土真宗の教えを伝えようとしている私たちは、仏法を求めるために仏教会に入ってくる人たちの興味と関心に合った伝道をするべきではないでしょうか?」と言いました。

その問いに対して「確かに仏教会に入ってくる人々が持っている問いに答えるのは大事だと思います。しかし、これまで代々伝わってきた伝統的な教えを正確に取り次ぐことも大切です。」と、京都から来られた先生の一人が答えられました。

「伝統的な教えはともかくとして、あなた自身は個人的に往生をどのように理解していますか?」とBCAの開教使はさらに尋ねました。

「私の個人的な理解を述べるつもりはありません。私は僧侶として、親鸞聖人の書籍にいただく教えを正しく伝えることができたら嬉しいと思っています。」と京都の先生は言われました。

「開教使として、仏法がこの世界に生きている私たちにとって何の意味を持っているのかについて私の個人的な理解を述べる必要があると思います。」とBCAの開教使は続けました。

これを聞いて、京都から来られていたもう一人の先生が次のように言われました。「日本では伝統を守りたい人が多いのです。特に浄土真宗の教団においてそれは江戸時代(1603〜1867)から続いているのです。」

「それは400年前の話でしょう。今現在ではどうすればいいのでしょうか?」とBCAの開教使はさらに尋ねました。

「日本では今までに伝わって来た教えをそのまま伝えたいという人が多いのです。そして、前に立って新しい方向に行こう!と進めたい人は少ないのです。」ともう一人の京都の先生が言われました。

「それはよどみだと思います。例えば、水は動きがないと臭くなるでしょう。」とBCAの開教使は言いました。

BCAの開教使の考えを認めながら、京都の先生は次のように言われました。「親鸞聖人の教えはそれを聞く人それぞれの文化背景に応じて伝えた方が良いので、日本の浄土真宗とアメリカの浄土真宗は違ってもいいと思います。」

この会話はそのまましばらく続き、最後にデザートとコーヒーが来てもこの話は綺麗にまとめられませんでした。私はこの活発な会話を聞きながら、念仏者の間にこのような率直な話し合いが代々続いているおかげで親鸞聖人の教えが私たちが今生きているこの時代にまで伝わって来ているのだと思いました。蓮如上人は15世紀に次のように述べておられます。「細々(さいさい)に信心(しんじん)の溝(みぞ)をさらへて、 弥(みだ)陀の法(ほう)水(すい)を流(なが)せといへることありげに候(そうろ)ふ。」(『御文章』2−1)

 

南無阿弥陀仏

「己の行く所はどこじゃ」

浄土真宗では、日本の江戸から明治時代を生きた妙好人という信心深くありがたい人々がおられ、尊敬されてきました。その妙好人の一人に庄松(しょうま)という男がいました。庄松(1799〜1871)は四国の讃岐で使用農夫として雇われたり、草履を編んだりして、素朴な生活を送って暮らしていました。庄松は近くのお寺の勝覚寺の住職によく可愛いがられ、よくお参りに行っていました。勝覚寺は京都の本山興正寺(当時本願寺派に所属された)の末寺でした。

庄松は初めて京都の本山、興正寺にお参りした時に、五、六人の同行に連れられ参拝し、おかみそり(帰敬式)を受けました。梯實圓先生はおかみそりを次のように説明されています。「帰敬式というのは仏前で「南無帰依仏・南無帰依法・南無帰依僧」と唱え、「今日からわたしは仏陀(ほとけ)を心の依りどころとして生き、仏陀の説かれたみ教え(法)を人生の指針と仰ぎ、仏陀のみ教えを実践するなごやかな集い(僧)を心の支えとして生きていきます」と誓う、仏弟子となるための入門の儀式のことです。そのときにご門主が一人ひとりの頭に三度カミソリをあてて、剃髪の儀礼をされることからこれを「おかみそり」と呼ぶのです。」(『妙好人のことば』より)

ご門主が順番に移動しながら、庄松のおかみそりを済ませた後、次の者に移ろうとした時、庄松はご門主の法衣の袖を引き止め「アニキ覚悟はよいか」と申しました。

ようやくおかみそりの儀礼が全部済むと、ご門主は「今我の法衣を引っ張った同行をここに呼べ」とおとりつぎの僧侶に命じました。そのおとりつぎの僧侶はたくさん集まっている同行の中に出て、「今ご門主の法衣を引っ張った同行はどこにいるか?ご門主の前に出よ。」と言いました。それを聞いて、当の庄松は平気な顔をしていましたが、まわりの同行らはびっくり驚いて、「ああ、すみませんでした。大変無礼なことをしてしまいました。こんなことがあると知っていたらこの者を連れて来なければよかった。こんな者をここに置いて帰ることも出来ないので、我々よりお許しお願いいたします。この者は馬鹿でお金を数える事さえ知りません。この者のご無礼をどうかお慈悲でお許し願います。」と言いました。

おとりつぎの僧侶は「そうですか。」と言って、ご門主のところに戻り、同行たちに言われたことを伝えますと、ご門主は「それはどうでもよい。一度その者をここへ連れて来い。」と命じました。同行はしかたなく庄松をご門主の前へ連れて来ました。庄松は礼儀作法も知らないため、ぺったりとあぐらをかいて座りこみました。

その時ご門主は「さっき私の法衣の袖を引っ張ったのはおまえであったか?」と尋ねました。

「ヘエ、おれであった。」

「何と思う心から引っ張ったか。」

「ご門主が今着ているような赤い衣を着ていても、赤い衣で地獄を逃れることは出来ないので、後生の覚悟はあるのだろうかと思って言った。」

「そう、その心を聞きたいがためにおまえを呼んだのだ。私を敬ってくれる者は沢山いるが、私の後生について意見をしてくれた者はおまえ一人じゃ。よく意見をしてくれた、ところでおまえは信心をいただいたか?」

「ヘエ、いただきました。」

「ではどうのような信心を得たのか一言申せ。」

「なんともない。」

「それで後生の覚悟はよいのか。」

「それは阿弥陀さまに聞いたら早く分かる。我の仕事じゃない。我に聞いても分かるものか。」

ご門主は庄松の答えを聞き、非常にご満足なされ「阿弥陀様に頼む、それより他はない。自分の能力に頼んではならない。お前は正直な男じゃ。今日は兄弟の酒を注ぐぞ。」と言って、召使のものを呼び、酒を取り寄せご門主のお酌でご馳走しました。

それからも庄松はご門主に度々会うこととなりましたが、この世のことをよく忘れることがあったので、ご門主はその訳を書いて庄松の腰にくくりつけて讃岐に帰らせました。その後も庄松は京都に行く度に、毎回「己(おれ)の行く所はどこじゃ、どこじゃ。」と呼んだので、それを見つけた者が直ぐに庄松をご門主の前まで案内してくれたということです。

サンマテオ仏教会では2019年9月22日(日曜日)に秋のお彼岸法要を行います。お彼岸は今自分が歩んでいる人生の方向を再確認し、仏法を聞きながら日頃の生き方をかえりみるのに丁度よい季節です。庄松のようにこの世のことを迷わせず、真であるものに気づかせてくれる同行に出会うことがあれば、そのご縁を大切にして、共にお念仏を喜び合う人生を歩むとしましょう。

 

南無阿弥陀仏