参拝旅行の味わい

先月、南アラミダ群仏教会の宮地崇先生とサンマテオ仏教会のメンバーを含めた桑湾教区(サンフランシコ周辺)の団体と一緒に、日本の京都、浄土真宗の本山西本願寺で行われた親鸞聖人御誕生850年及び立教開宗800年の慶讃法要、ならびに第17回世界仏教婦人会大会、そして鹿児島隠れ念仏参拝の2週間のツアーに参加してきました。

羽田空港に到着して日本に入国後は、東京築地本願寺の近くのホテルに2泊宿泊しました。滞在中は、築地本願寺の晨朝勤行(じんじょうごんぎょう)(お朝勤(あさじ))にも参加しました。築地本願寺は東京の中心にあって、その周りには高いオフィスビルがたくさん並んでいます。築地本願寺のお朝勤は午前7時から始まるので近辺のオフィスで働いている方々の中にはこのお朝勤にお参りしてから、職場に向かう方の姿もありました。

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親鸞聖人が聞いた念仏

5月21日の9時半からサンマテオ仏教会にて宗祖親鸞聖人御誕生850年を祝う降誕会を行いますので、是非ご一緒にお参りください。今年、2023年は浄土真宗の立教開宗800年記念にもあたる年です。

親鸞聖人は1173年5月21日に京都の近くにある日野の里という土地にお生まれになりました。当時は武士の争いが絶えず、飢饉や疫病もあり、たくさんの人々が苦しんでいました。このような時代背景から、親鸞聖人は幼いながらに多くの悲しい出来事を経験していたと推測できます。その後、聖人は9歳の時に出家され、仏法に帰依されました。出家をする日の夕方、青蓮院というお寺に着くと、得度式(僧侶になるための出家の儀式)を行う慈円和尚は「得度は明日にしましょう」と言われました。その時、若い親鸞聖人は次のように読まれました。

「明日ありと思う心のあだ桜 夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは」

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親子のご縁

5月に宗祖親鸞聖人のご誕生を祝う降誕会(ごたんえ)を行います。降誕会では、親鸞聖人の子供の頃を描いた銅像を本堂に置いて、親鸞聖人が子供であった頃を思い浮べたいと思います。5月は母の日もありますので、母親へのご恩にも感謝する時です。降誕会と母の日が同じ5月というわけで、ここに親子のご縁を考えさせられます。ただここに言う親という存在は生物的な父母に限っているわけではありません。祖父母、学校の先生、スポーツのコーチ、仕事の上司等さまざまなご縁に親子関係が見えてきます。

親鸞聖人は幼い時にお母さんと離れ離れになったと伝えられており、その後、九歳の時に得度をして出家されました。親鸞聖人がお父さんとお母さんと共に暮らした時間は短いものでしたが、自分の心の中に「親様」としての存在は大きかったようで、『高僧和讃』には次のお言葉があります。

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人々を救おうとする仏の深い誓い

1206年の十二月、後鳥羽上皇が熊野に参詣のため留守の間、上皇の女房である鈴虫と松虫は法然門下の安楽房と住蓮房の専修念仏の集いに参加していました。女房らはお念仏の教えを聞いた後、心が転換し、そこで出家したそうです。

鈴虫と松虫が出家したことを知ると、上皇は腹を立て、安楽房と住蓮房を含めた法然聖人の門下四人を死罪に処し、法然聖人と親鸞聖人を含めた八人を流罪にしました。法然聖人は四国の方に流罪となり、残りの七人は僧籍を取られ、越後や九州、日本中に配流されました。その時、法然聖人の門下は悲しく思いましたが、法然聖人はこれもお念仏のご縁ですとお教えになられたそうです。法然聖人は流罪になった時、次の言葉を述べられています。

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