我が家には小学校とプリスクールに通う三人の子供がいて、この季節になると次々と誰かが熱を出したり、咳をし始めます。釈迦様が生老病死の四苦は誰も逃れることはできないとおっしゃったように、病気になることは人生の一部として受け入れるしかありません。とは言うものの、私たちは病気になると、症状を軽くするため、そして早く元気になるために薬を飲みます。また、病気やその症状がひどくならないように病気になる前に飲む薬もあります。そして、どの薬を飲んだ方がいいか知りたいときにはお医者さんにアドバイスを求めたりします。
仏様はよく良い医者に例えられます。良いお医者さんが病気を徹底的に調べた上で適切な薬を与えるのと同じように、仏様は皆の悩みを深く理解して、適切な教えを説かれます。
良い医者がまず何の病気かを調べるのと同じように、仏様は人間の苦しみの様子を見つめ、生老病死の四つを見極められました。次に、良い医者が病気の原因を調べるのと同じように、仏様は人間が執着しがちなむさぼり・いかり・おろかさの三毒の煩悩が正しい判断や行いを迷わせ私たちを苦しめるという現実を見極められました。そして、良い医者が理想の健康状態を勧めるのと同じように、仏様はさとりという煩悩から解放された心の状態を勧めて下さいます。また、良い医者が適切な薬や治療法を与えると同じように、仏様はさとりに至る道を明らかにする教えを説かれています。
医者からいただく薬は錠剤であったり、または注射だったりします。病気に罹ってから飲む薬もあれば、病気が深刻になる前に服用または投与される予防薬もあります。例えばワクチンがその一つです。ワクチンを打っていても病気に感染することもありますが、ワクチンを打った人の免疫の働きは通常打っていない人のものよりも強いため、病気に罹った時の症状があまり深刻になりません。
仏様から見ると人間の根本的な病気は苦しみであって、その病気を治療する薬が「仏法」という真実の教えになります。仏法という薬は仏様が説かれた教えを聞いて信じることによっていただくお薬です。時折、悩みや悲しみが深刻になってから初めて仏法を聴こうと求めてくる方もおられます。この場合はそういった方々の悩みや悲しみが仏様の安らぎに出会う尊いご縁となっている訳です。ワクチンが体の免疫を強くすると同じように、日頃から仏法を聴かれている方は悲しみや悩みにあったとしても、仏様の智慧を心の拠り所として強く生きる力をいただくことが出来るでしょう。親鸞聖人は阿弥陀仏の薬をいただくことについて次の言葉を述べられています。
そもそもみなさんは、 かつては阿弥陀仏の本願も知らず、 その名号を称えることもありませんでしたが、 釈尊と阿弥陀仏の巧みな手だてに導かれて、 今は阿弥陀仏の本願を聞き始めるようになられたのです。 以前は無明の酒に酔って、 貪欲・瞋恚・愚痴の三毒ばかりを好んでおられましたが、 阿弥陀仏の本願を聞き始めてから、 無明の酔いも次第に醒め、 少しずつ三毒も好まないようになり、阿弥陀仏の薬を常に好むようになっておられるのです。
(『親鸞聖人御消息』現代語訳9頁)
「阿弥陀仏の薬を常に好む」ということは、これまで自分の人生を振り回した苦しみの原因が自分の中にあるむさぼりといかりとおろかさであったということに目覚め、もうこれ以上迷わなくてよいと思えるようになり、これからは仏様の智慧に照らされた道を歩もうとすることです。人生が続く限り悩みと悲しみの時は必ず来ますが、仏法に耳を傾ければ、心安らかに生きる道を迷うことはありません。
南無阿弥陀仏