人生の向かっている方向

最近、朝夕は少し冷えてきて、いよいよ秋が近づいているなと感じつつ、先月半ばから我が家の子ども達が皆なようやくインパーソンで学校に戻れたことにホッとしているところです。この一年間は殆ど毎日家で家族で過ごしていましたが、新学期が始まってからは、平日の朝は学校や仕事や買い物など、皆ながそれぞれの方向に向かって家を出ていきます。小学校二年生と五年生の息子二人は、朝学校に登校して、教室で先生と友達と勉強したり、昼休みはお弁当を食べたり、プレイグラウンドで走り回ったりして、楽しい学校生活に戻りました。

コロナ禍が始まった当初、一歳を迎えたばかりだった三男の徳眞は、まだ歩き始めたばかりの頃でおしゃべりも少ししかできていませんでしたが、その三男も今学年からはプリースクールが始まって、いよいよ家族と離れて、同じ年頃の仲間と一緒に遊ぶ新しい世界に入りました。実は徳眞が初めてそのプリースクールに通ったのは、次男の證眞と徳眞が夏休み中に参加していたデイキャンプでした。證眞も3歳の時からそのプリースクールに通っていたのですが、デイキャンプの時は證眞や同い年の友達らは一番年上の生徒として小さい子どもたちのお世話の手伝いもしていたそうです。

そのキャンプの初日のドロップオフの時、私は徳眞がどう反応するかと内心ちょっと心配していました。なぜなら、五年前に證眞を始めてプリースクールにドロップオフした時は、私の足にくっ付いていやいや言ってなかなか離れなかったからです。その時は結局、證眞が好きな牛のおもちゃや先生が用意してくれたクラフトを見せながら、證眞が気づかないうちにそっと立ち去ったのを覚えています。その事を思い出して、今回は徳眞のドロップオフの作戦を考えながら、プリスクールに向かいました。そして、プリスクールに着くと、まず證眞が自分のプリースクール時代の友達と久しぶりに遊びたくてたまらない様子で、入り口で先生に検温してもらって一目散に中に入っていきました。

すると、證眞の楽しそうな入り方を見て、徳眞も全然緊張することなく、同じように先生に検温してもらってサーっと中へ入って行きました。徳眞は兄の證眞を見倣って、「これは行くべきところだ」とすぐに分かったようです。新学期が始まった今、證眞は小学校に行っているので徳眞は一人でプリースクールに通っていますが、ドロップオフの時は立ち止まって私に「行ってきます!」という挨拶もなく、検温を済ませて、サーっと中へ入って行っていってしまいます。きっと、自分でここは安心して行っていいところだと分かっているからなのでしょう。

太陽が真っ直ぐ西の方角に沈むお彼岸は、私たちの人生が今向かっている方向と私たちの歩むべき道を改めて確認する時と言えるでしょう。仏様の智慧の光は、私たちがお念仏を称えることによって、私たちの歩むべき道を照らし、悟りの彼岸へと導いて下さいます。日本の仏教では、お彼岸の七日間を六波羅蜜の教えと先に往生された方々への報恩とを次のように順番に一日ずつ振り当てる伝統があります。一日目は布施、二日目は持戒、三日目は忍辱、四日目は報恩、五日目は精進、六日目は禅定、七日目は智慧という順で、この六波羅蜜の教えのちょうど真ん中にあたる四日目に報恩が加えられています。

すでにお浄土に往生された方々は、常に私たちを導き、私たちが歩むべき道を示して下さっています。その方々に倣ってお念仏を称えることで、私たちも安心してお浄土に向かっていく人生を歩むことが出来ます。お彼岸のこの機会に、今一度、感謝の気持ちを持って先亡者の方々をお偲びし、私たちが進むべき方向を再確認してみましょう。阿弥陀如来の本願の働きは常に、私たちが迷う事なく目指すべき極楽世界の方角へと歩めるようにお導き下さっているのです。

南無阿弥陀仏