先月、私は私の両親と家族とともに、両親が結婚の約束をした土地グランドキャニオンを訪れ、両親の結婚50周年記念をお祝いしてきました。実は5年前にもそこで皆で父の70歳の誕生日をお祝いしていて、どうやらまた5年後にもそこで父の80歳の誕生日をお祝いする計画が既に始まっているようです。
何億年もかかってコロラド川の渓流によって削り出され出来た壮大な地層が目の前に広がるグランドキャニオンは、長い長い時の流れを味わえる理想的な場所だと思います。その渓流によって絶えず砂や岩が移動し続けることで峡谷が常に移り変わっていくのです。ロッキー山脈の雪が溶ける春には、大量な水が流れ、その雪解け水の勢いで車の大きさ程もある岩すらも流され、峡谷をもっと深く削っていきます。パーク・レインジャーから聞いた話によれば、もし50年後にまたグランドキャニオンを訪ねると、ハリー・ポッターの本一冊分の厚さ(約7センチ/3インチ)ほど更に深くなっているとのことでした。
グランドキャニオンが現在の形になるのにどれ程の時間がかかったかを考えると、人間一人の人生というものは何とあっという間に終わるのかと感じられます。私が一生涯でできることと何億年もかかってできたグランドキャニオンの壮大さを比較すると、私の人生はなんて小さく些細なものと思えるかもしれません。
しかし、そうではなくて、この素晴らしいグランドキャニオンの姿を眺めることが出来る今日まで生かされてきた私の人生を誠に尊くありがたく感じました。何十億年の地質の流動のおかげで峡谷が今の形状になり、私の心を揺らしています。そして、パーク・レインジャーは「グランドキャニオンは今までで一番素晴らしい形になっていますよ。」と付け加えました。その素晴らしさに出会えたことを感謝する視点から見ることで、自分の人生の尊さをさらに深く味わうことが出来ました。峡谷の素晴らしさの感動は今も私の心に残っています。
同じように、阿弥陀如来の全ての人々を救いたいという本願は「南無阿弥陀仏」という六文字の名号の形で久遠の昔から私たちに働きかけており、それが今も私たちの心に届けられていることに気づくことで、この人生の有難さをより深く味わうことが出来ます。この感謝の心について「歎異抄」に親鸞聖人の次の言葉があります。「阿弥陀仏が五劫もの間思いをめぐらしてたてられた本願をよくよく考えてみると、 それはただ、 この親鸞一人をお救いくださるためであった。 思えば、 このわたしはそれほどに重い罪を背負う身であったのに、 救おうと思い立ってくださった阿弥陀仏の本願の、 何ともったいないことであろうか」
先に往生された方々を偲ぶ永代経法要は11月に行われます。今まで長い時をかけ、数多くの方々のご苦労のおかげで、私自身の人生もお念仏が聞け、阿弥陀如来の本願に出会うことが出来ました。永代経でお偲びする方々は皆それぞれの人生を送ってこられ、私たちがその方々の人生をお偲びすることによって、私たちもまた念仏を聞き、お念仏を喜ぶご縁をいただきます。グランドキャニオンを訪れ、長い時をかけて出来た自然の働きに感動するのと同じように、「南無阿弥陀仏」のお念仏を聞き、多くの方々の人生を通して私たちの心に常に働きかける阿弥陀如来の本願に感謝したいと思います。
南無阿弥陀仏