水入らず

              不要不急の外出禁止要請が出てから仏教会の毎月の会報の法話を書くのもこれで三回目です。この三ヶ月間、仏教会の仲間の頑張りのおかげで電話やテレビ電話を使って毎週日曜日のお参りや勉強会を続けることが出来ていますが、やはり皆さんと直接仏教会で会えることを非常に恋しく思います。仏教会の理事会が話し合った結果、六月いっぱい全てのお参りとイベントは中止になり、オンラインでの参拝のみとなりました。そして、残念ながら今年の夏のバザーも中止になってしまいました。毎年の仏教会のバザーは大勢の仲間が共に働き、共に楽しむ、一年間の中で最も賑わうありがたい行事の一つです。コロナウイルスの影響で今年の夏にバザーが実施できないのは本当に寂しいですが、その代わりに六月二十七日に皆さんがビデオ電話や電話で参加できる楽しい行事を企画しています。

新型コロナウイルスは私たちの人生に大きな影響を及ぼしていますが、同時に仲間と一箇所に集まることのありがたさをより深く感じるようにもなりました。例えば、今まで挨拶程度の浅い交友関係だった近所の人たちとも、散歩途中の6フィートの距離を保ちながらの路上での会話がとても楽しく感じられます。

このように一緒に過ごすことの大切さを再認識しながら、私は念仏者同士の深い思いやりを今まで以上にありがたく思うようになってきました。梯實圓先生は19世期頃のそのような念仏者同士の深い関係を次のように紹介されています。

あるとき[信次郎という念仏者が]京都に一蓮院という厚信の御講師がおられるときき、教化にあずかるために上京し、その住居をたずねました。

玄関で待っていますと、出てこられた一蓮院はいきなりきびしい口調で問われた。

「私にあいたいというのはその方か、なにの用があってまいられた」

「南無阿弥陀仏の六字のおいわれを聴聞つかまつりたくて参りました」

信次郎が、こう答えると一蓮院は、表情をやわらげて、

「それはよく参った。しかしそういうところをみると、今までに六字のおいわれを聞いたことがあろう。何と聞いてまいった」

「はい、南無阿弥陀仏とは、必ず救うぞ、とこのわたくしをおよびづめ、招きづめの如来さまのおよび声であって、このおおせに微塵(みじん)のまちがいもないといただいております」

この答えを聞きますと、一蓮院は、全身によろこびをあらわして、信次郎が立っている土間まで降りてきて、彼の手をとり、

「それがお六字のおいわれというものじゃ、たのむというも、信ずるというも、そのことじゃ。いいお同行がまいられた。ささ、おあがりなされ」

といって、自室に案内し、いろいろと御法談をしてくださったそうです。

(『妙好人のことば』梯實圓著 220〜221頁)

一蓮院と信次郎は共に念仏を喜んでおり、二人はありがたい関係になりました。一蓮院は晩年信次郎と一緒に暮らしており、信次郎は一蓮院の日常生活の手伝いをしながら朝も夕方もよく仏法を聴聞したということです。下記の話の続きに二人の仲の良さを見ることが出来ます。

あるとき、信次郎はよばれたので、お部屋へ伺いますと、一蓮院は一言も御用をおおせられず、ただお念仏ばかりを称えておられます。そのうちに何かおおせつけになるのだろうと待っていましたが、一向にお言葉がありません。部屋を出るに出られず、信次郎もまたお念仏をはじめると師はいよいよ声をはりあげて念仏されます。知らぬまに夜がふけて、真夜中になってしまいました。そのとき一蓮院は、ふと念仏をやめると、「信次郎、今晩は、水入らずでありがたかったのう」

といわれたそうです。

(『妙好人のことば』梯實圓著 220〜221頁)

私たちは家族や友達と一緒にいると、ついつい特別な会話やアクティビティをしないと有意義な時間にならないと思いがちです。しかし、一蓮院と信次郎のように心を開いて南無阿弥陀仏のいわれを聞けば、私の救いのためにやらないといけないことは全て阿弥陀如来が既に完成して下さっていることに気づくことが出来ます。そうすれば、仏様の大慈悲を仰ぎながら、安心して、ただ一緒にいるご縁を喜ぶことが出来ます。この大変の世の中でも、ご一緒に、お念仏に仏様の呼び声を聞きながら、心安らかに暮らしましょう。

南無阿弥陀仏